金曜日のショートショート15
金曜日のショートショート(第15回目)
テーマ:手料理
『天国と地獄』
謎の奇病にかかり、「甘い」と「辛い」の味覚が逆転したのは高校生の頃だった。完全に原因不明でこの先治るかどうかもわからないらしい。それまで好きだった地獄ラーメンなどの激辛ラーメンは私にとっては激甘ラーメンになる。さすがに耐えられない。
大学生で進路を考える時期になり、飲み会が多そうなサラリーマンは選択肢に入れられず、自営業を目指すしかないと思っていた。他人との食事は極力避け、自分で食べるものは自分で準備する生活しか私には無理だったのだ。
しかしそんな私に転機が訪れた。そう、鈴木さんという恋人ができたのだ。
デートでは、今まで蓄積した甘くも辛くもないものリストからメニューを選んでいるのでなんとかなっている。しかし鈴木さんはスイーツが好きで、よく自分でも作るのだ。最初はシュークリームだった。相当辛くて、鈴木さんはかなりの甘党なのだとわかった。しかしわざわざ作って持ってきてくれたのだから食べないわけにはいかない。辛いクリームは結構キツいものがあった。次はマドレーヌ、その次はレアチーズケーキ。奇病のことは説明せずに食べてしまったので、今更後には引けなくなっていた。
鈴木さんのことは好きだけど、この先も辛いスイーツを食べ続けるのかと思うと憂鬱になる。やはり真実を話すべきかと悩んでいたら、鈴木さんが深刻な顔をして相談があると言ってきた。聞けば、鈴木さんは甘いものも好きだがそれ以上に辛いものが好きらしい。デートで私が辛いものを食べることがなかったから言い出しにくかったそうだ。なんと私と相性の悪い極端な味覚なのだろう。
そして、家で作るカレーもスパイスをたっぷり使っていて、辛さの中にうまみもしっかりあって自慢の味だから、もし辛いものが嫌いでなければ一度食べてみて欲しいと控えめに言われた。まだ付き合って日も浅い恋人に自慢の手料理を食べて欲しいと言われて断れるはずもない。
目の前に置かれたカレーライスの皿を見て、ごくりと息を飲む。スパイスと言うからライスではなくナンだと思っていた。激甘のルーとライスの組み合わせはさすがに想像できない。テーブルの正面に座る鈴木さんがキラキラした目で、私が一口目を食べるのを待ち望んでいた。
この瞬間、私の健気な愛の力でこの忌まわしき奇病が突然治ってくれやしないかと思い、神にも祈った。そして恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
やはり甘い。いや、甘いどころか激甘だ。祈りは届かない。しかし……。
神はいるのかもしれない。
そのカレーは美味しかったのだ。今まで経験したことのない複雑な味わいの、魅惑のスイーツだった。
これは売れると直感的に思い、レシピを聞き、鈴木さんのカレーを、普通の味覚で「甘く」味付けした。友人知人も大絶賛で、卒業後にはこれを看板メニューにした店を出し、私は大成功した。
私はそのカレーを「天国カレー」と名付けていた。奇病のおかげで地獄だと思っていた人生が天国になったからだ。あとは、私がもう決して完食できない地獄ラーメンが由来なのは言うまでもないか。
【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。
*次回(12/4公開予定)の第16回のテーマは『ミッション』です。企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。
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