金曜日のショートショート11

金曜日のショートショート(第11回目)
テーマ:鍵

『合鍵』

「はい、合鍵」
 飲み会の最中に、同期の橋岡と二人で話しているときに、突然合鍵を渡された。
「えっ、何、なんで?」
 確かに彼とは仲が良いけど、全くそういう関係ではない。というか、彼は私が先輩の遠野さんを好きだと知っている。
「だから、遠野さんの家の合鍵」
 言葉の意味はわかるけど、意図がわからない。
「うん、やっぱり、『なんで?』だわ。一、なんで持ってるの? 二、なんで私に?」
「一、遠野さんに貰った。二、俺より欲しいだろうから」

 橋岡と遠野さんは営業部の同じ課にいて、とても仲が良い。よく二人で飲みに行ってるし、そのまま終電を逃し、お互いの家に泊まることもあるらしい。だから鍵を渡されたのか。まぁ、そこまでは納得できるけどね。でも!
「いや、ダメじゃん。人の家の合鍵を勝手に他人に渡しちゃダメだよ」
「そういうもの?」
「そういうもの!」
 橋岡はものすごく仕事はできるのに、たまに一般常識が欠けていることがあってびっくりする。

「あー、じゃあ、こっち?」
 橋岡は一瞬考えてから、また別の鍵をポケットから取り出した。
「これは……?」
「俺の家の合鍵」
「えっと、なんで?」
「遠野さんも持ってるし、よく俺の家に来てるし、うまくいけば鉢合わせできるかなと。これならダメじゃないだろ」
 確かにこれなら橋岡の家の合鍵を橋岡が私に渡しているのだから、何も問題ない。それに、橋岡の家で寛ぐ遠野さんはちょっと興味深い。だけど……。
「どうしてこんなことしてくれるの?」
 こんなことしても彼には何のメリットもないと思う。
「ん? もうすぐ誕生日でしょ? いつも世話になってるし、何か喜びそうなものをプレゼントしたいなって」

 なんと! そんな風に思ってくれていたなんて! 橋岡良い人すぎない?
 私は鍵ごと彼の手を両手で握り、ぶんぶんと振って握手した。
「ありがとう」
 そして私は嬉々として、橋岡の合鍵を受け取った。


 しかし、結論から言うと、私がその鍵によって遠野さんに出会える機会は訪れなかった。
 飲み会の翌日から「橋岡から合鍵を渡されていた」という噂が社内で広がり、みんなからカップル認定されてしまったからだ。「そういうのじゃない」と否定しても「またまた照れて〜」と返される。合鍵を受け取ったのは事実だけど、理由が不純すぎて説明ができない点もこの誤解を解けない原因のひとつだった。
 そして、しっかり否定されないまま噂は広がり、遠野さんは私に遠慮して橋岡の家には寄り付かなくなった。

「いや、女が合鍵で家に入って来て、そこで鉢合わせたら、遠野さんだって、あんたが橋岡の彼女だと思うでしょ」
 ランチ中に相談した別の同期が当然のことのように言う。
「あ、確かに。危なかった」
「いや、全然危なくないでしょ」
「なんで?」
「橋岡はここまで予測してたに決まってるじゃん。合鍵渡すのだって、最初に突拍子もないことで麻痺させて、二つ目の違和感や重大性に気付かせないようにしたんだね」
「ごめん、言ってることよくわからない……」
「は? 本気でわかんないの?」
彼女はため息をついた。
「橋岡があんたを手に入れるつもりで合鍵渡したのに、ここに来てまだ気づいてないとか、橋岡不憫すぎない?」

【企画概要】
『金曜日のショートショート』は、隔週金曜日に、お題に沿って少し不思議な短編、いわゆるショートショートを書く企画です。
*次回(9/25公開予定)の第12回のテーマは『カメラ』です。企画の詳細や過去のお題はマガジンの固定記事をご覧ください。


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