俺、こじらせてる?
「よっ。お疲れ〜!」
渋谷のマークシティ裏の煙たい焼き鳥屋。待ち合わせに15分も遅れているのに、テンション高く登場した友達の直人は、俺の肩を叩きながら隣に座った。
「相変わらず、ふつうに遅刻するな。社長さんは」
今の言い方は少し嫌味っぽかったか、と言った直後に反省した。
「すまん。打ち合わせが長引いてさ。で、翔太。どうだったの?昨日のデート。あ、今はアポって言うんだっけ」
しかし、直人は俺の嫌味など、全く気にしていないようだ。
「デートでもアポでもどっちでもいいよ。まあまあ楽しかったけど、次はないかな。そういう話にならなかった。」
俺は店員に手をあげながら答え、生ビールを2つオーダーする。
「女が写真加工しすぎてたから?」
お通しの味が濃いひじきを箸でつまみながら、直人が笑いながら言う。
直人はアプリ開発の会社を経営していて、恵比寿に住んでいて、美人でエロい祐美という彼女もいる。
俺は、総合商社志望だったのに大学受験に失敗した。
そのせいで夢も破れ、結局社員20人で代表取締役が自分と年が変わらないweb制作会社に就職。
川崎の鷺沼に住む俺と、社長になった直人は、いつからか住む世界が変わってしまった。
直人は満員の東急田園都市線に乗ることも、渋谷で上手くて安い居酒屋を探すことも、マッチングアプリの紹介文に頭を悩ますこともないのだろう。
「いや。かわいかったよ。でも、カバンも靴も高そうだった。そろそろ婚活しようかと思ってサラリーマンとゴハンしてみたけど、やっぱりお金持ちが好き〜!って空気出された」
メニューを見ながら答えると、直人声を出して笑った。
「ふーん...まあ、東京の女の子はみんな基本そうじゃん?とりあえず、これ見て元気出せ。最近セフレにした真衣ちゃん。ほれ、胸デカいだろ。Gはあるぞ」
直人が差し出したスマホの画面には、ルイ・ヴィトンのモノグラムのビキニ姿の女がいた。
「お前、祐美ちゃんに殺されるぞ」
俺が眉間にシワを寄せると、直人はいたずらが見つかった子どものような顔をした。
彼女がいるかどうか、そんなの関係なくこいつが女にモテるのは、単に経営者だからなのか。
どこをどうみても、直人よりも俺の方が顔面はイケてるのに。
それに、少なくとも中学までは俺の方がモテていた。ファッションセンスだって、ハイブランドを着ていればいいと思ってる直人よりはいいはずだ。酒だって強い。
なのに、東京の女はお金でしか男を判断しない。どんなに優しくたって、格好良くたってだめなのだ。
そういう東京の女は、全員残らず絶滅したらいいのにと心底思う。
だけど、俺が好きになる女は、顔が可愛くて肌も綺麗でスタイルがよくて華がある。そういう女が全員いなくなっては困るので、悔しいが、前言は撤回しなければ。
「祐美も毎晩のように西麻布で飲み歩いてるし、結婚するわけじゃないし。別にいいだろ。それに美容院のレセプションってたいして稼ぎないのに、求める生活レベルが高すぎてムカつくんだよな」
直人はビール一杯で顔を赤くしている。その顔は疲れは見えず、ツヤツヤしている。
若いエンジニアの男と、気が強いデザイナーの女に振り回される寝不足な営業職の俺とはえらい違いだ。
「それより、今から可愛いこ来るから。翔太ショートカット好きだろ?俺ってば優しすぎ〜。ってわけで、ここ奢れよ」
レバー串を食べながら、直人が言う。そういいながら、いつも会計は直人持ちだ。きっと今日もそうだろう。
◆
直人が連れてきた女は悔しいが俺の好みど真ん中で、細いのに出るとこは出ていて、いい匂いがして、それに頭の回転も速かった。
要するにかなりいい女で、俺は酒が進んだ。
こんな子が彼女だったらどんなにいいだろう。アプリで出会うメシ目的な女たちとのアポも終わらせられる。レモンサワーを飲みながら、そう思っていた。
しかし、この女、俺の方に全く話を振ろうとしない。緊張しているのだろうか。
「ちょっとタバコ。翔太は?」
「いや、俺は吸わないから。いってらっしゃい」
笑顔で直人を見送り、雫との距離を縮めようと話題を探していた次の瞬間。
「直人さん、かっこいいですよね」
雫が日本酒を飲みながらつぶやいた。
は?直人狙いかよ...。そう言いたいのを我慢して、氷が溶け切ったレモンサワーを仕方なく飲んだ。
「あいつのどこがかっこいいの?」
でも、つい口に出してしまう。
「会社を経営するのが大変なの、翔太さんにも想像力があればわかりますよね?従業員もいるなら彼らの生活も支えないといけないし。会社員みたいに守られてもいない」
雫は、真っ直ぐ俺を見て言った。
「いや、、まぁ、そりゃそうだけど...」
「私は肩書きだけで男の人を見てるわけじゃないです。起業する!って口だけの人もいるけど、実際に行動移して、倒産もせず何年も利益出してるって、それだけですごいことだと思いません?」
「......。」
俺は、何も言えなかった。雫はお酒のせいで饒舌になっているのか、話をやめない。
「サラリーマンでも何か信念持ってやってる人は好きですよ。でも、上司の愚痴とか、ほんのちょっとしか関わっていないプロジェクトのことを、俺がやりました〜!っていう自慢するしかないがほとんど。このCM俺が作ったんだよね、とか。あ、今のは広告代理店の人がよく言うやつね」
そこまで言うと、雫の俺を見る目つきが急に柔らかくなった。
「でも、私は翔太さんみたいな今回の人生が人間初めてです。って人嫌いじゃないですよ。かわいいから」
トーン高めの可愛らしい声で言うから、不覚にもドキっとした。でも、世の中そんなに甘くはないことくらい俺はわかっている。
雫が次に発した言葉で、それは現実のものとなった。
「東京だとさ、ある程度お金持っていないと美味しいもの食べられないし、可愛い服も着られないし、鞄も靴もジュエリーも持てない。そして、港区にも住めないんだよね」
「......。」
「お前もそんな女か、って思ったでしょ?しょうもないって。だったらお前が稼げよって」
「いや、そんなこと...」
俺は慌てると、自分のグラスを倒してしまった。運良く中身は入っておらず、割れもしなかった。
「否定しなくていいよ。そう思っててくれていい。
私さ、勉強が苦手なんだよね。だから指定校で女子大に入ったし、何か武器がなきゃ、って料理を8年間習って、今じゃパンも作れるよ」
雫は、いつのまにか敬語からタメ口になっていた。
「東京には可愛い子がたくさんいるのはわかってるから、トーク技術を磨くために六本木の高級ラウンジでも働いた。だから、ごめんね。私、あなたが好むような女の子じゃないし、今日は直人さんと仲良くなりたいから来たの」
俺はもう、何も言えなかった。
「もう〜!直人さん遅いよ。日本酒一合ひとりで空けちゃったじゃない」
その時、やっと直人が席に戻ってきた。
「ごめんごめん!タバコ吸いながら、仕事のメール返してた。もう一軒行く?翔太は?」
「俺はいいや。明日早いし」
そう言うと、雫は今までで一番の笑顔になった。早く直人と二人になりたかったのだろう。
その顔はあまりにも愛くるしくて、可愛くて、俺にとって残酷だった。
好きな女のタイプが変えられないなら、自分が変わるしかない。それか、俺が理想を下げるしかない。
そんなこと、わかっていたはずなのに。どこかで、めちゃくちゃ美人でオシャレで性格もいい子が俺のことを好きになってくれる期待を捨てきれない。
「くっそーーーーー!っざけんな!!」
店を出て井の頭線の改札で叫んだら、数人が振り返った。
明日は雪になるならしい。渋谷の街にも降るのだろう。俺は今年の冬も寒い日々を独りで過ごさなければならないのか。
そう思うと虚しくなって、昨日デートした可もなく不可もない女にLINEを送った。
「次、いつ会える?」
こんな男子いるよなぁ、と思って書いたフィクションです。
創作大賞用に書いてみたけど、ほかの作品にするかも。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?