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「願立剣術物語」を読んでみました。
原文
早きにも色有り遅きにも色あり。
有性は色も香りもなきものなり。
早きことは何ほど早くても限りあり。
遅きも同じ。
たとえばここまでと限りあるはまたその上の勝ちあるべし。
いずくまでもという限りもなく、ただ仮名のシの字の字を引くごとく
一二三四五つと数あれども本仮名のシの字なり。シの字を折かがめて一つ二つと定る心ぞ。
立てに引くはシの字横に引くは一の字なり。
この一の字より萬方はおこりたるぞ。
この一のそのまま根本なり。
善を求めず悪をさらす。
柳はみどり花はくれない。
ただそのまま上下左右へ廻したるものぞ。
敵の討つときはっと引きださるる根本そのままの一にあらず。
ふわりと上にあげてふわりと下にさぐるはシの字を切ってふわりと上げる心なれば性の続きなく切れ切れの死字なり。
上へも下へも脇へもあがるものにてはなし。
上がるならば敵つれて下よりはねあげん。
下げるならば敵つれて上から討ちひしぐべし。
左右も同じ。
よくよく心得べし。
ただ中央をとること肝要なり。
解釈
早い動きでも遅い動きでも角のある動きは見えてしまうものだ。
自然界の動きには角がない。
角の有る動きはどんなに速く動いても限界がある。消えることはない。
遅い動きでも角の有る動きなら、切られてしまうだろう。
どんなに速くても遅くても個人の限界があり、それより速く動けば勝つことができる。
上には上があり、きりがない。
ただ仮名の「し」の字をひくようにすればよい。
一二三四五とあるが、数字の四ではなくひらがなの「し」である。
縦にひくのが「し」の字。
横にひけば「一」の字である。
この「一」の字より全てははじまっていく。
「一」はそのまま根本の意味である。
自然界はことさら善を求めることはないが、悪は隠れていてもやがてはさらされることになる。
柳みどりにして花は紅。
剣はそのまま上下左右に回すだけでよい。
敵が討とうとしているときに、こちらが思わず引き出されてしまう。
これは根本の一ではない。
ふわりと上げてふわりと下げるのが「し」の字であるから、敵に引き出されてたたらを踏んでいるようでは、動きが切れ切れになって「死」の字になってしまう。
それでは上にも下にも脇にも剣をまわすことはできない。
上下左右に剣をまわすときは敵を連れていくことだ。
連れていけば敵は崩れる。
崩れたところを切り下ろすのだ。
左右に胴を抜くときも同じ。
よくよく心得ることだ。
ただ間合いは我と敵の中央に取ることだ。
遠すぎても近すぎても敵を連れていくことはできない。
コメント
切れ切れになった敵の動きを「し」の字にならす。
それには、敵の「討ち」を「討ち」と見ないこと。
「引き」を「引き」と見ないこと。
全て「波の寄せ引き」のように見ることだ。