note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第70話
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掲示板に貼られたちらしに目がすいよせられる。製紙工場の求人広告だ。ハッとして周囲に人影がないかをたしかめた。
近所の人にこんな姿を目撃されたら、何を言われるかわからない。足早にそこから立ち去った。
歩調をゆるめながら、吐息をついた。
就職どうしようかしら……近頃、四六時中このことを考えている。
手紙を渡した翌日、お父さんは深々と頭を下げた。
「すまなかった。おまえには苦労をかけた。これからは家に金を入れるから家計のことは心配するな」
長年、待ち焦がれた言葉だった。感激のあまりあれだけ泣いたにもかかわらず、思い出すとまた目頭が熱くなってくる。
これでわたしが今すぐ就職しなくても、一家が路頭に迷う心配はなくなった。
ただ、あれから二週間も経ったのに状況は変わらず、新しい就職先を決められなかった。
一体、自分が何をすればいいのかわからなかった。お金だけを優先すれば、嫌々ながらも適当な仕事につけばいい。
でも、今はその必要がない。そうなった途端、自分の内面が空っぽなことに気づかされた。
何を基準に職を探せばいいのか、その手がかりすら思い浮かばない。これならお金に困っていたほうが良かった、とさえ思えるほどだ。
商店街に向かい、夕食の材料を買った。踏切を越えると、誰かの騒ぎ声が聞こえた。そちらに目を向けると、熊谷のおじさんがバシャリを肩車していた。
バシャリは街灯のかさを指でなぞっていた。わたしは二人の側に近づき「あなた何してるの?」と背後から声をかけた。
「おお、幸子ではないですか」とバシャリが振り向いた拍子に、熊谷のおじさんは体勢をくずし、二人でその場で倒れ込んだ。
「ちょっと、熊、しっかりしてくださいよ」
バシャリは文句を言いながら立ち上がった。わたしはもう一度訊いた。
「何をしてたの?」
「もちろん、ラングシャックさがしですよ。
さきほど、ふと上を見た時に、そういえばこの街灯のかさも器の形状だということに気づいたのです。
ほら、ことわざにあるでしょう。灯台下暗しですよ。もしかしたらこれがラングシャックなのではと閃き、街灯を調べていたのです」
熊谷のおじさんがすがりつくように言った。
「幸子ちゃん、何とかしとくれよ。さっきから何回も肩車させられてんだよ」
バシャリが眉をつりあげた。
「何を言うのですか。あなたの宇宙人に対する非協力的な姿勢はあまり褒められた行動ではありません。
熊のせいで地球人全体の印象が悪くなる可能性があるのですよ……ちょっと、幸子」
言い終わらないうちに、バシャリの背広をひっぱった。
「おじさん、ごめんなさい。すぐに連れて行くから」
角を曲がってから恒例の説教をたっぷり浴びせると、バシャリはやっとおとなしくなった。しかし薬が効きすぎたのか、がくんとうなだれた。
「……ラングシャックが見つかりません。街灯のかさもラングシャックではありませんでした」
わたしは以前からの疑問を口にした。
「本当に地球にラングシャックはあるの?」
「それは確実に存在します」と、バシャリが断言した。「どの惑星にも円盤の動力源である感情と掛け合わせるエネルギーは存在します。
これは宇宙のゆるがざる法則のひとつです。宇宙航行では不測の事態が常に発生します。円盤のエネルギー切れも頻繁に起こります。
ですから、エネルギーは現地調達が原則です。それをすくうための容器がラングシャックです。
つまりエネルギーとラングシャックは対となる存在なのです。味噌汁とお椀の関係性と同じです。エネルギーが存在するならば、ラングシャックも必然的に存在する。これも宇宙の法則ですよ」
「……でもないんでしょ?」その得意そうな説明を一蹴する。
「そうなんですよ」バシャリは、再びうなだれた。「まさか地球上でのラングシャック発見がこれほど困難なことだとは想像していませんでした」
「予備のラングシャックはないの?」
「ありません。
ラングシャックの皮膜はその惑星圏外になると飛散します。
それを防ぐため、どの惑星でも皮膜が消えない特殊な加工をほどこした永久ラングシャックをアナパシタリ星の宇宙飛行士は所持しているのですが、あまりに貴重な品なので、円盤ひとつにつきラングシャックひとつしか与えられません」
「そんな大切な物をなくしたの?」
わたしは呆れ返った。痛い部分をつかれたのか、バシャリは返す言葉もなく空を見上げ、回想した。
「そうなんですよね。こんな失態考えられません。地球の前に訪れたトナテカンチャック星を旅立つため、ラングシャックでエネルギーを注入していたときのことです。
急激な腹痛にみまわれ、円盤の外で用を足したのです。無事危機から脱出し、意気揚々と飛び立ちました。
ですが、しばらくして気づきました。あのとき、ラングシャックを外に置き忘れていたのです。
すでに時空間結合処理を行ったあとでしたから、戻ることもできませんでした」
あまりにまぬけな理由にかける言葉もなかったけれど、どうにか励ました。
「……そのうち見つかるわよ」
「だといいんですが……」バシャリは力なく言った。
マルおばさんの家に健吉を迎えに寄ってから家へとたどり着き、それから三人で夕食をすませた。すると、そこに星野さんがやって来た。
「やあ、みんないるな」
「星野、今日はどうしたんですか?」
バシャリがそう尋ねると、星野さんはもじもじしながら濡れ縁に腰かけた。
「まあ、ちょっとね……」
飄々とした星野さんらしくない態度を訝しんでいると、バシャリが閃くように叫んだ。
「そうですか! 小説が完成しましたか!」
「なんでわかったんだい? うん、まあ、そうなんだ……」