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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第57話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空飛ぶ円盤の観測会に出るための服を作りに服飾学校に向かう。

→前回の話(第56話)

→第1話

「できた」と、わたしは小さく息を吐いた。

そこには、頭に思い描いたワンピースが実在していた。

生地だったとき以上に緑色に白の水玉がよく映えている。自分で作ったとは思えないほど素敵な洋服だった。

美加子さんが満足そうに言った。

「いい出来じゃない」

ワンピースから目が離せない。眺めているだけで、幸せな気持ちにひたれる。自分で洋服を作ることが、これほど心弾む体験だなんて。

バシャリがせかすように言った。

「幸子、早く着てみてください」

「えっ、今着るの?」

頓狂な声が出た。

「当たり前でしょ」と、美加子さんも加わる。「丈が合ってるかちゃんと確認しないと。ほらっ、隣の部屋で着がえてきなさい」

追い出されるように、わたしは隣の部屋に向かった。誰もいないのを確認してから着がえはじめる。

ワンピースに袖をとおすと、服がするりと肌に吸いつく。寸分の狂いもなく、ぴったりだ。

おずおずと出て来たわたしの姿を目にすると、バシャリは絶賛した。

「幸子、素晴らしいじゃないですか」

美加子さんも顔を覗かせ、ほうっと息を吞むと、

「いいわね。よく似合ってるわ。寸法も良さそうね」

うしろに回り込み、丁寧にたしかめてくれる。あまりの恥ずかしさに卒倒しそうだ。

部屋の中にわたしを引き込むと、美加子さんは鏡の前へと案内してくれた。

「ほらっ、あなたも見なさい」

わたしはおもむろに顔を上げた。

「素敵……」

声がこぼれた。

あざやかな緑色に白い水玉が躍っている。スカートのプリンセスラインも、胸元のフリルもため息が出るほど可愛かった。

とても自分の姿だとは信じられずに、まばたきを何度もくり返した。

美加子さんが得意そうに胸をはった。

「そりゃあ、私が作ったんだから当然だわ」

わたしは改めて礼を言った。

「ありがとうございます。こんな素敵な服を作っていただいて」

美加子さんはふきだした。

「冗談を真に受けないでよ。作ったのはあなたよ。私は手伝っただけでしょ」

バシャリが頷いた。

「そうですよ。この素敵な洋服はこの下品な女性が作ったものではありません。幸子、あなたが作ったのですよ」

「……下品で悪かったわね」と、美加子さんはむくれた。

「わたしが……」と、再び鏡を見つめる。

水玉のワンピースが、まぶしく輝いて見えた。

11

円盤の観測会の日は、たちまち訪れた。

身につけた水玉のワンピースをちらっと見て、嬉しさが生じるのと同時にそわそわしてしまう。その様子をうかがっていたバシャリがぼやくように言った。

「ほらっ、幸子早く出かけましょうよ」

「うん、わかってるんだけど。何だか恥ずかしいわ」

ちゃぶ台に置いた白い手袋を見やる。

「どうせ着飾るのならきちんとやらないとダメよ」と、美加子さんがなかば強引に貸し与えてくれた代物だった。

玄関では、白いエナメルのハイヒールが首を長くして出番を待っている。

「何が恥ずかしいのですか。どうですか、健吉。今日の幸子は実に美しいでしょう」

バシャリが訊くと、健吉は何度も頷いた。気をつかった様子ではなく、本心から思っているみたいだ。さらに照れくささが増した。

バシャリが健吉をマルおばさんの家に送って戻ってくると、ようやくふんぎりがついた。

「いいわ。行きましょう」

「やっとですか?」バシャリが、心底呆れたように言った。

すでに日は暮れている。近所の人の目にふれないようにーーこんな姿を見られたらひやかされるのは確実だーー抜け道から大通りに出た。

なれないヒールのせいか上手く歩けない。

ふと、バシャリの胸元を見ると、カメラをぶら下げている。

「あなた、それどうしたの?」

「おお、これですか?」バシャリがカメラに手をかけた。「今日の観測会のことを言ったら、周一が貸してくれました」

意外だった。お父さんがカメラを持っていたことも知らなかった。

すでに羽田の会場にはたくさんの人がいた。以前の月例会よりもはるかに人数が多い。

これほど空飛ぶ円盤に関心がある人がいるのか、と思うと唖然とする。

「おーい、こっちですよ」

人波の中から荒本さんが手をふった。その隣には星野さんがいる。二人の方に向かうと、荒本さんが眼鏡のつるに手をかけ、まじまじとわたしを見つめた。

「これは驚きました。幸子さん、見違えましたよ」

「そんな……」

その一言で忘れていた恥ずかしさがよみがえった。

「今日は空を見ることより、幸子さんを見てしまいそうだ。そうじゃないですか、星野さん?」

顔に似合わず荒本さんはロマンチックな台詞を口にした。

「いや、本当ですな」と、星野さんもにやにやわらって言った。「まさかこんなに化けるとは思わなかった」

「何を言うのですか、星野」と、バシャリがかみついた。「たしかに普段の幸子はさほどですが、秘めたる潜在能力を開花させれば、これぐらいの美しさはわけありません」

わたしの赤面ぶりが面白いのか、三人はひたすら褒め続ける。もう耳の先までまっ赤に染まっているのが、鏡を見なくてもよくわかった。

しばらくすると荒本さんが思い出したように、「そうだ。二人を紹介しないと」と言い、人だかりの中心に向かっていった。まん中に一人の男性がいる。わたしは目を大きく見開いた。

三鳥由起夫だわ……

第58話に続く

作者から一言
念願のワンピースも完成し、とうとう円盤観測会の日を迎えました。現実でも実際にこの会は行われ、三島由紀夫が参加していました。そこで新聞記者に、UFOについて語っている新聞記事が存在します。

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