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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第79話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。バシャリと幸子はラングシャックを探すため高尾山に向かう。

→前回の話(第78話)

→第1話

光の筒も見当たらず、世界が闇に浸っているみたいだ。足に刻まれる激痛の感覚が、じわじわと短くなっている。

そのとき右側の上空がぱっと光った。ぼんやりとダイダイ色の光が見える。バシャリのいる場所だ。

まさか、本当に空飛ぶ円盤があらわれたの? 

首を伸ばして様子をうかがったけれど、光以外は何もわからない。やがてその光も消え失せ、再び暗闇に包まれた。

風もないにもかかわらず、樹々がざわめく。

野犬だったらひとたまりもない、と血の気がひいた。しばらく様子を見守ったが、幸いにも何も起こらなかった。

ほっと肩の力をぬいた拍子に、目がくらむような疲れをおぼえた。

このまま、バシャリが見つけてくれなかったら……

この寒さでは、とても一晩耐えられる自信がなかった。鉋で削るように冷気が体温をうばっていく。次第に、意識が薄れてきた。

子供が、泣いていたーーわたしだ。たぶん二歳ぐらいだろうか。えーん、えーんとべそをかいている。

商店街なのに誰も見当たらない。熊谷のおじさんの店も、八百伊予のおじさんの店も、重松のおじさんの店も見えるのに、その姿はどこにもない。

街全体もまるで模型のようにあたたかみがなく、色もかすれて見えた。

孤独がゆるやかにわたしの背後から襲いかかり、じわじわと涙が出てきた。とうとう耐えきれずに泣き叫んでいると、頭にやわらかな感触がした。

「幸子、泣くな」

お父さんが帽子をかぶせてくれたのだ。清潔なんだけれど、いたって平凡ないつもの服装ではなかった。

仕立て屋からそのまま来たようなしゃれた背広を身にまとい、映画雑誌を丸めて握っている。

「さあ、お母さんが待ってるぞ」

と、わたしの手をとった。その大きな手が、涙を消してくれる。

帽子がぶかぶかなので前が見えない。つばを持ち上げ、お父さんを見上げるーー

一瞬、何が起きたのかわからなかった。お父さんがいつの間にか、バシャリに変わっていた。

わたしの視線に気づいたバシャリが、やわらかな笑みを浮かべた。その笑顔が次第にぼやけたとき、彼方から声が聞こえた。

「……幸子、こんな所にいたんですか? 崖を下りるのに苦労しましたよ」

あたたかな光に照らされて目を開くと、バシャリが心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫よ」

細い息を吐きながら答える。いつの間にか気絶していたらしい。立ち上がろうとして「痛っ!」とうめいた。怪我を忘れていた。

「どうしましたか? どこか痛めましたか?」

「うん、ちょっと足をひねったみたい……」

「そうですか。では治療しましょう」

バシャリは帽子を脱ぐと胸元に寄せた。帽子の中に深緑色の光があらわれた。

「外的回復皮膜容器ですよ」

帽子を回すと光は球体になった。

それが足首に落とされるやいなや、激痛がまたたく間に消えた。怖々と腰をあげ、右足のつま先で地面を軽く叩く。まったく平気だ。

「すごい。痛くないわ」

「地球の帽子で、外傷を治したいという感情を集められるのです。以前、地球の帽子はあらゆる害悪から身を守ってくれると言ったでしょう

たしかに言っていた。わけのわからない会話にもちゃんと意味があったんだ、とわたしは感心した。

「とはいえまだ少し安静にしておきましょう。回復感情はなじむのに時間が必要ですから。ここで休憩してから帰ることにしますか」

バシャリがリュックから毛布をとりだしたので、呆れた声をもらした。

「そんなものも入れてたの?」

バシャリはにやりとわらった。

「当然ですよ。宇宙飛行士はあらゆる状況を想定して行動するのが習慣ですから。

本当なら保温皮膜容器があれば良かったんですが、見当たらなかったのでその代用品です。

さあ、寒いでしょう。この毛布で暖まってください」

毛布で体をくるむと、ようやく一心地ついた。だんだんと体が暖かくなり、かじかんだ手も動きはじめた。

「今日は星が綺麗ですよ。しばらく星空でも眺めますか」

バシャリに支えてもらいながら崖下から上がり、見晴らしのいい場所に出た。

そこにならんで座り込み、空を見上げる。

満天の星が、夜空を埋めていた。その星の瞬きひとつひとつが、疲れと緊張をやわらげてくれる。

ちらりと隣の様子をうかがうと、バシャリも同じく星空を眺めていた。時折、鼻をすすり上げる。コート一枚だけじゃ、寒いに決まっている。

「良かったらあなたも毛布に入らない?」

バシャリがぶるっと体をふるわせて、

「おお、そうですか。アナパシタリ星人とはいえ、たしかにこの気温はこたえます。お言葉に甘えましょう」

と毛布に入ってきた。肩と肩がふれあい、その箇所がじんじんと熱くなる。トクンと鼓動が速まる。

格別深い意味もなく毛布に入れてあげたけど、何だか妙に緊張してきた。それから意識をそらすために、あたふたと訊いた。

「そっ、そういえば空飛ぶ円盤はどうだったの?」

「そう、それですよ」と、バシャリがとがめるように言った。「幸子、どうして急にいなくなったのですか?」

「うん、ちょっとね……」

口をもごもごさせた。さすがに用を足しに行って遭難したとは言いづらい。

「それより円盤は来たの?」

「ええ、幸子が姿を消した直後に円盤は降り立ちました」

やはりあの光の正体は円盤だったんだ。

第80話に続く

作者から一言
器の形状のものは何かしらの感情を受け止めることができるというのが宇宙共通のルールです。


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