note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第44話
「地球は感情密度が薄いのと、幸子はフタが開いていないため、かなり苦労しました」
「フタ?」
訊き返したのと同時に思い出した。
「そういえばあなた、健吉はフタが開いているとか言っていたわね」
「よく覚えていましたね」
バシャリが意外そうに眉をあげた。
「はい。健吉はフタが開いていますが、幸子は開いていません。だから幸子から感情をとりだすことは、とても難しいのですよ。
この感情密度の薄い環境で、フタの閉じている人間から感情をとりだせるのは、宇宙広しといえど私ぐらいのものですよ」
その自慢をさらりとかわし、さらに質問を続ける。
「どうして茶碗を使ったの?」
「これですか?」
と、バシャリは茶碗を持ち上げた。
「地球の茶碗は、病気を治したいという感情を受けとるクスリイランシャックなのですよ。緑色の光が見えたでしょう?」
わたしは頷いた。
「緑色の光は、回復関係の感情です。
それを受けとる器が、クスリイランシャックです。つまりクスリイランシャックでないと病気を治したいという感情を集めることができないのです」
「その集めた感情で健吉を治してくれたのね」
「ええ、そうです。
健吉はフタが開いているので効き目も良かったです。フタの閉じている人間だと効力は薄れますから。
でも健吉が助かったのは幸子のおかげですよ」
「わたしの?」
「はい。幸子の健吉を助けたいという感情がとても強かったから、健吉は助かったのです。幸子は、弟想いのお姉さんですよ」
「そう……」
と、健吉の小さな手にふれる。
その染み入るようなぬくもりが、もう大丈夫だと教えてくれた。ようやく緊張が体からぬけると、わたしはしみじみと言った。
「それにしても……あなた本当に宇宙人だったのね」
とびきり整った容姿やそのおかしな口調から、普通の人ではないとは思っていたけれど、まさか本物の宇宙人だとは想像すらしなかった。
でも、あれだけの奇跡を目の当たりにしたんだ……もう、信じないわけにはいかない。
「幸子、まだ信じてなかったんですか?」
バシャリが呆れたように言った。
「当たり前だわ。まさか宇宙人が本当にいるだなんて思わないもの。今の能力を早く見せてくれたら信用したけど……」
「まあ、そうなんですが……他星人の前でその星にはない能力をかくすのは、宇宙飛行士の規則ですから。
人間は、自分にない物を欲しがりますからね。今回は非常事態だったのでしかたがありませんでした。
このことはくれぐれも内密にしておいてください」
「内密も何もこんなこと誰も信じてくれないわ」
「それもそうですね」
二人同時にわらった。極限まで気持ちがはりつめていたせいか、体のあちこちが強ばっていた。
そのときだ。ガラガラと戸が開いた。お父さんだった。もうすぐ日付が変わる時刻にもかかわらずわたしたちが起きていたことに、少し面食らっているみたいだ。
バシャリが玄関まで出迎えた。
「周一、今夜は大変だったんですよ。健吉が病気になって危うく死ぬところでした」
お父さんは目を見開くと、帽子もとらずに居間に駆け上がってきた。健吉の枕元に膝を寄せ、心配そうに様子をうかがう。
その背中にバシャリがやわらかな声をかけた。
「もう、大丈夫ですよ。熱は下がりました。じきに元気になりますよ」
「そうか……」
お父さんは肩の力をぬき、健吉のひたいをそっとなでた。
その姿を、わたしはぼんやりと眺めていた。
家族が大変なとき_お父さんは、いつもいない。今回も、お母さんのときも……
「どうしていつも家にいないの……?」
お父さんが弾かれたようにこちらを向いた。不穏な空気を察したのか、バシャリが間に入った。
「まあまあ幸子。周一にも事情があるのですよ」
「あなたは黙ってて!」
わたしの怒声にバシャリは飛び上がった。
「どうしていつも家族が大変なときにいてくれないの? わたしたちはどうでもいいの? ねえ、お父さん、どうなのよ。何か答えてよ」
せき止めていた想いがあふれた。
また、涙がこぼれる。人前で泣くのなんか、絶対に嫌だ。泣き顔なんか見られたくない。でも、涙がおさえられなかった。
お父さんは、口を閉ざしたままだ。ただ、何か言いたげな瞳でわたしを見つめている。
もうっ、なんなのよ!
自分の気持ちが、何がなんだかわからない。そのときだ。
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