note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第75話
「おおっ」バシャリの表情が明るくなった。「たしかにそれは名案です。もちろん幸子も一緒に行きますよね」
「えっ、わたしも?」
「忘れていませんか。幸子は立派な空とぶ円盤研究会の会員ですよ。困り果てた宇宙人を助けることは会員の義務です」
翌日、わたしたちは空とぶ円盤研究会に向かった。荒本さんはこの前と同じく古びた書店の片隅で本と格闘していた。わたしたちに気づくと、表情が和らいだ。
「おおっ、お久しぶりです。近頃ちっとも来てくれませんから心配していましたよ」
「ごめんなさい。仕事が忙しくて」
「仕事が忙しいのは結構なことです」
荒本さんはにこにこして言った。バシャリが毎回の質問を投げた。
「荒本、ラングシャックの情報はありましたか?」
「ああ、実はですな……それらしきものが見つかったのですよ」
期待せずに訊いたわたしたちは、息を吞んだ。バシャリは眉ひとつ動かすことなく、呆然と立ちつくしていた。そしてその硬直からとけると、
「どっ、どこですか!? ラングシャックが見つかったのですか!」
荒本さんの肩を両手でつかみ、乱暴にゆさぶった。あまりの勢いに荒本さんの眼鏡が飛んで行きそうだ。
「おっ、落ちつきたまえ、バッ、バシャリ君」
扇風機の前で叫んだみたいに声がふるえる。ようやくバシャリがその手を止め、荒本さんが眼鏡を元の位置に戻した。
「ラングシャックがどんなものかはわからないですが、大変珍しい物が見つかりました」
机の引き出しを開けると、中からビニール袋をとりだした。小さな金属の破片が見える。バシャリが真剣な面もちで訊いた。
「荒本、それは?」
「これは千葉の銚子在住のある医師から送られたものです。バシャリ君、この前の火星の話を覚えていますか?」
「火星に空飛ぶ円盤の基地があるという説でしょう」
「はい、その火星と関係があるのですよ」
しばらく空とぶ円盤研究会から遠ざかっていたので、この空気になじむのに時間がかかる。荒本さんが続けた。
「火星に空飛ぶ円盤の基地があるという情報は以前から研究会でも話題になっていました。
そしてつい先日、火星が地球に最も接近する日が訪れたのです。ならば空飛ぶ円盤が地球に飛来する可能性も高くなるでしょう。
距離が近ければ、それだけ訪れやすくなる。そうではないですか、幸子さん?」
突然の問いかけにももうなれっこだ。
「ええ、そうかもしれませんわ。旅行も近場の方が行きやすいですもの」
「まさに幸子さんの言うとおりです」
模範解答の生徒を褒めたたえる教師みたいに、荒本さんはにこりと頷いた。
「そこで火星が接近する日に、各地で円盤を観測するように会員たちに指令を出しました。
すると、その日の午後七時に銚子市一帯で多くの空飛ぶ円盤が目撃されたのですよ」
「本当に……?」と、わたしは半信半疑で唾を吞み込んだ。まさか本当に円盤があらわれるとは思わなかった。
「ええ、間違いなく空飛ぶ円盤です。どうやら私の仮説は当たっていたようです。しかも驚くことはそれだけではありません。
その時刻に銚子一帯の数カ所の地点で、空から謎の金属箔が降り落ちたのです。さきほどの医師は研究会の会員で、どうも普通の金属箔ではないと私に送ってきたのですよ」
「荒本、ちょっと触れてもいいですか?」
荒本さんが返事をする前に、バシャリは指で金属箔をつまみあげた。すべての神経を指先に集中させている。
「どうかしら……?」
「少量なのでわかりません」と、バシャリは首をふった。「ですが、ラングシャックの皮膜と近しいものは感じますね」
「やはりそうですか。
「目撃者によると円盤は鹿島灘から銚子上空をかなりの速度で通過したらしいです。
それとは別にダイダイ色の物体を見た人もいたとのことです」
荒本さんが補足した。
「ダイダイ色ですか……」と、バシャリは口元でくり返した。
「ダイダイ色がどうかしたの?」
「円盤の発光色は、文明の形態によって違います。寒色系は地球と同じ科学文明で、暖色系は我々と同じ感情文明を基盤としています。
ダイダイ色ということはアナパシタリ星と同じ文明圏の空飛ぶ円盤でしょう。それにこの金属ーー」
バシャリは金属箔に目を落とした。
「たしかに地球には存在しない金属です」
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