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ここは事故物件ーたった1分で読める1分小説ー

「ここは事故物件です」

部屋探しで不動産屋を訪ねると、担当者にそう言われた。私は一向に気にならなかった。家賃が安ければいいのだ。

引っ越しすると、隣には老人が住んでいた。珍しいことに外国の方だった。

「よくきたね、歓迎するよ」
その老人は、気さくに声をかけてくれた。そのシワだらけの笑顔を見て、私は首をひねった。

どこかで見たことがある気が……。

ただ思い出すことができず、頭の中がかゆくなる感覚だけが残った。

ある夜帰宅すると、老人が庭でサッカーボールを蹴っていた。信じられないほどうまいリフティングだった。

「すごいですね」と私が褒めると、
「いや、昔ちょっとね」
老人が照れたように頭をかいた。

部屋でお茶でも飲まないか。老人が私を誘った。その簡素な部屋には、トロフィーや、写真が飾られていた。サッカーユニフォームを着た、若かりし頃の老人だ。

それを見て、私が老人が誰かを思い出した。

そう、彼はジーコだった。

元ブラジル代表のサッカー選手で、日本の鹿島アントラーズでプレーした。サッカー日本代表の監督になったこともある。伝説のサッカー選手だ。

そこで私は、ハッと気づいた。「ここは事故物件だ」と不動産屋は言ったが、それは私の聞き違いだったのだ。

彼はこう言っていたのだ。


「ここはジーコ物件です」


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コイモドリ 時をかける文学恋愛譚

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