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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第21話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空とぶ円盤研究会に入会し、星野という謎の男性と洋食屋で食事をすることに。

→前回の話(第20話)

→第1話

「ありがとうございます」

バシャリは礼を言った。

「では幸子、星野に住所を教えてあげてください。星野がラングシャックを見つけたときに私の居場所がわからないと困りますから

「ええ、うん……」

急に呼びかけられたので、まごついていると、

「幸子ちゃん、書くものなら僕が持ってるよ」

星野さんは自分の万年筆をとりだした。

「しまった、紙がないなあ……じゃあ、名刺の裏にでも書いてもらおうか」

さし出された名刺の肩書きを見て、わたしは仰天した。

『星野製薬株式会社取締役副社長 星野親一』


「星野製薬の副社長?」

星野製薬は、日本でも有数の製薬会社だ。本社のあるこの近辺では知らない者はいないほどの大企業で、当然わたしも知っている。

それどころか、星野製薬の胃薬は愛用品だ。わたしが子供のころは、『くすりはホシノ』と書かれた赤い看板をよく見かけた。

昔は国電五反田駅から会社まで、星野製薬の社員が行列をなして出社する光景をよく見ながら学校へ通ったものだった。

星野という名前をどこかで聞いた覚えがあったのは、星野製薬のことだったんだ。そしてその副社長が目の前にいる。

衝撃のあまり、ついうっかりと正直な疑問を口にしてしまった。

「そんな偉い人が、あんないかがわしい研究会に入ってもいいんですか?」

星野さんは苦笑した。

「いかがわしいとはずいぶんな言い方だな」

「あっ、すみません……つい……」

と、わたしは首をすくめた。荒本さんに聞かれたら一大事だ。

まあ、親父の会社だから、僕が偉いわけでもなんでもない」

「でも、お父様が立派な方でうらやましいわ……」

羨望の息がもれた。

星野製薬の創業者の父と、家にも居着かず生活費もろくに入れない父……尊敬できるお父さんを持つ星野さんが素直にうらやましかった。

だが、星野さんはため息とともにつぶやいた。

「……立派すぎる親父を持つのも苦労するものだよ」

そのくすんだ声色にぎくりとした。触れてはいけないものに触れてしまったような気がしたからだ。

わたしが謝ろうとするのをさえぎるように、星野さんは話題をそらした。

「まあ、空とぶ円盤研究会は楽しそうじゃないか」

「星野さんも宇宙人はいると考えてらっしゃるの?」

さきほどの心配をそっとぶつけてみる。

「だから私がここにいるでしょうが」

と、バシャリが間に入った。

それを相手にせず、わたしは星野さんの言葉を待った。星野さんは、気楽な口調で答えた。

いると信じる方が楽しいじゃないか。

宇宙人がいる、いないは僕にとってはどうでもいいんだ。それよりも広大な宇宙に、もし宇宙人がいるなら一体どんなものなんだろうと空想するのが楽しいのさ。

空飛ぶ円盤というのは、想像の翼を広げる一種の装置かもしれないな。少なくとも空想している間は、この現実を忘れられるだろ」

想像の翼を広げる装置……


心の中でくり返した。くり返したくなるような印象深い言葉だったからだ。そんなわたしの心中も知らず、バシャリがとぼけた口調で言った。

「では、星野は私と友達になりましょう。ビーフカツのお礼です」

宇宙人の友達か……それは面白そうだ」

 星野さんはおいしそうにコーヒーを啜った。

4

あっという間に月例会の日は訪れた。

マルおばさんに健吉を預けてから五反田に向かった。そば屋の二階に上がると、すでに部屋は会員で埋まっていた。

大半は男性だけれど、わずかに女性の姿も見える。腹まき姿のバシャリに何人かが不審そうな顔を向けたが、すぐに視線をそらした。

石橋慎太郎や三鳥由起夫がいないかときょろきょろとあたりを見回したけれど、姿はどこにも見当たらない。

有名人に会えるかもしれない、というわずかな希望さえも消えた。

せっかくの休日を空飛ぶ円盤の話題でつぶされるのか……と思うと、帰りたい気持ちが一挙にふくらんでくる。

「やあ、幸子ちゃん」

最前列に陣どっていた星野さんが声をかけてきた。わたしは挨拶を返すと、その隣に腰を下ろした。

→第22話に続く

作者から一言
星野の正体は、星野親一。つまり作家の星新一先生がモデルですね。

星先生のお父さんは星製薬の創業者『星一(ほし はじめ)』です。星製薬は今はもうありませんが、当時は大企業です。

ただ星製薬が作った星薬科大学は現在でも残っていますね。

星一は東洋の製薬王と呼ばれたすごい方なんですよね。野口英世の支援をしたことでも知られています。

星新一はその星製薬の御曹司で、この頃は亡くなられた星一の跡を継いでいます。ただどうも含むところがありそうですよね。

それも物語が進むにつれあきらかになります。

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浜口倫太郎 作家
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