note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第77話
「便利なものね……」その光を眺めていると、願望が口からこぼれた。「……家でもこれをやってくれたら電気代が節約できるのに」
「……またお金ですか」と、バシャリは冷ややかに言った。
「冗談よ。冗談」と、わたしはあわててかぶりをふる。
「ただ、家では不可能ですよ」
「どうして?」
「地上では感情密度が薄いのですぐに光が消えます。感情密度の濃い山だからこれほどの光量を保てるのです。
特に、ここ高尾山は非常に感情密度が濃いようです。だから空飛ぶ円盤もここに着陸するのでしょう。
感情密度の濃い地帯ならば視覚波長も変更しやすいですから。ますますキチャナリ銀河星人である可能性が高まりました。では、行きますか」
バシャリが一歩踏み出すと、頭上の明かりもその動きに同調した。光球のおかげで道の先まで見渡せる。
「すごいわ。まるで自動で動く街灯みたい」
「そうでしょう」バシャリは機嫌よく頷いた。「さあ、先を進みましょう」
暗闇の恐怖が消えたせいか、足どりも軽くなる。山中は静けさを保ち、枯れ葉を踏みしめる音しか聞こえない。
けれど次第に、はあはあという乱れた息づかいが混ざりはじめた。山の冷気に、体力がうばわれる。
「幸子、大丈夫ですか?」
何度かバシャリが振り向いてくれたが、「大丈夫」と強がった。
一時間ほど経過するころには、相当山中まで登って来たようだ。足はがくがくとふるえ、限界は間近だった。
もうダメ、と弱音を吐きかけたそのとき、バシャリが立ち止まった。
「ここにしましょう」
そこは、うちの庭ほどの広場だった。ぜいぜいと肩で息をしていると、バシャリはリュックを地面に置き、中から土鍋をとりだした。
そして土鍋を両手で抱えながら広場をぐるぐると回りはじめる。土鍋の中に水色の光の球体があらわれ、それが次第に大きくなる。
一体、何をするつもりだろう。土鍋の直径と光の直径が同じ大きさになると、バシャリは広場の中央に向かった。そして大声で叫んだ。
「幸子、少しの間だけ目を閉じてもらえますか?」
よくわからないまま目を閉じると、まぶたに強烈な光を感じた。「幸子、もういいですよ」という許可が出たのでゆっくり目を開けると、呆然とした。
周囲の枯れ木が消え失せ、広場が二回りほど広くなっている。バシャリが土鍋をしまいながら言った。
「あとで直しておくので勘弁してもらいましょう」
おそらくあの土鍋を使ったんだろうけど、一体どうやったんだろう。本当に便利な能力だ。
バシャリはさらにリュックから大きな紙をとりだし、筒状に丸めると「これを持ってください」とわたしに手渡した。
そしてさきほどのお猪口を上空に向けると、光がひゅんと吸いよせられた。それを筒の中に注ぎ込むと、懐中電灯みたいになった。
「さあ、お絵描きの時間ですよ」
「お絵描き?」
「ええ、これから幸子に頑張ってもらいます」
バシャリはさらにリュックから一冊の雑誌をとりだした。
「幸子、空飛ぶ円盤を呼ぶ方法はご存じですか?」
「円盤を呼ぶ方法_ーー」ふと、以前空とぶ円盤研究会の会員が語っていた内容を思い出した。「たしか空に向かって祈ればいいと言ってたわ」
「まあ、それも間違いではありません」バシャリは苦笑いを浮かべた。「ただ地球人は想いを具現化する能力が極端に低いですし、地球の感情密度の薄さでは、到底宇宙を飛来する円盤にその想いを届けることができません。
さらに呼ぶという行為は、能力が高い者が低い者に対して行えば非常に効果的な手段ですが、逆の場合はあまり意味がありませんね」
「じゃあどうすればいいの?」
「餌ですよ」
「餌?」
「相手の興味を惹くものを提示して、呼びよせるのですよ。それが、これです」
と、バシャリは雑誌を開いた。ロボット少年が空を飛ぶ絵だった。
「これがどうかしたの?」
「幸子には、まだ言ってなかったですが、実は以前キチャナリ銀河にあるムチャチャナ星を訪れたことがあるのですよ」
宇宙の星ってこんなに舌をかみそうな名前の星ばかりなのかしら、と妙な部分が気になった。
わたしが上の空だったのか、バシャリが不服そうに訊いた。
「ちょっと幸子聞いてますか?」
「ごめんなさい。ちゃんと聞くわ」
「お願いしますよ、大事な話なのですから。いいですか、そのムチャチャナ星を訪れたときのことです。
彼らが近頃頻繁に地球を訪れているという話を小耳にはさんだのです。ムチャチャナ星と地球は比較的近距離だとはいえ、こんな辺境の星に一体、何の用があるのか疑問でした。
しかも、彼らはこの日本に来ていたのですよ」
「日本に?」
「はい。辺境である地球のさらに辺境に位置する日本にです。さっぱり目的がわかりません。
そこで『一体、地球に何をしに行っているのですか』と、訊きました。すると彼らは目をらんらんと輝かせこう答えました。
『漫画だよ。日本の漫画を読みに行くんだ。あれは素晴らしいものだよ』と」
「漫画を読みに来てるの?」
「ええ、どうやら日本の漫画はキチャナリ銀河周辺の星々で大流行しているそうです。
彼らは地球を訪れると漫画雑誌を購入し、それを高値で売買します。
さらに愛好者と呼ばれる連中は最新号が出るたびに日本にやって来て、漫画を楽しむそうですよ。
現地で読むのが、真実の愛好家だそうです。そして、最も人気なのが、この漫画の作者です」
「だからこの絵なわけ?」
「はい。以前私が、髪形が二カ所鋭角なこの少年を見たことがあると言ったでしょう。それはムチャチャナ星でだったのです」
ぼやけた記憶を探ってみる。たしかにそんな話をしていた。
「昆虫なる奇妙な生物を愛するこの漫画家は、ムチャチャナ星では英雄ですよ。
あまりの人気の高さに彼を彼らの星に強制移住させ、そこで漫画を描かせようとする案が議会で提出されたほどです。
ただ、他星の住民を拉致する行為は宇宙連邦の禁止規定に該当しますのであきらめたそうですよ」
やはり宇宙人は地球人とは感覚がかけ離れている。
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