星新一流、簡単に作家になれる方法
僕は星新一作品を読んだきっかけで作家になろうと子供のときに決めたんです。このインタビューでもそう答えています。
その際星先生がどうすればプロの作家になれるのかっていう質問に、エッセイの中で答えていたんですよね。
まさに自分にとってどんぴしゃの質問。もう喉から手が出るほどその答えを知りたい。食い入るように本を見つめると、星さんの答えはこうでした。
「芸能人になることです」
へっ? 小説と芸能人ってなんの関係があるの? プロの作家になるには本を千冊読めとか、毎日原稿用紙一枚でもいいから小説を書けとか、石にかじりついてでも新人賞に受かれとかそういう答えを想定していたのに、まったく予期せぬ答えでした。
一応もう一つの答えとして、「ベストセラー小説を10冊読んで、これ以上のものが自分も書けると思えば作家を目指せばいい」という厳しいことを言われていたんですが、そこはスルーしましたね。うん。大事ですよ。スルー能力は。
でも作家になるにはまず芸能人になれという星さんの言葉がずっと引っかかっていたんですが、最近それをふと思い出しました。
というのも以前よりも芸能人の方が書く小説が増えているなと。芸能人でなくても、SNSでのフォロワー数が多いインフルエンサーの方の小説がここ最近多くないですか? しかもそれがきちんと売れている。
なるほど。星さんの言っていたことはこのことだったんだな、と今さらになって腑に落ちたんですよ。
一応断っておくと僕は有名人の方々が小説を書くのは賛成です。そっちの方が出版業界が盛り上がりますし、それをきっかけに小説の読者が増える。
小説って誰でも手軽に書けるのが長所ですから。同じ物語を作るにしても、漫画やアニメや映画を作るってなかなかハードル高いじゃないですか。
だから芸能人の方にはどんどん小説を書いて欲しい。僕も知り合いの芸人さんに、「小説書かないって」何度か勧めたことがあります。
ですが有名人の方の出版が増えているってことは、出版社としての体力がどんどんなくなっているっていう証拠でもあります。
この作者は無名だけれども素晴らしい作品を産み出した。しかしそれを売ることがこのご時世ではなかなか難しい……ならば大勢のファンを持っている有名人の小説を出すことで利益を確保しよう。こういう思考が働いているんでしょう。出版社もビジネスですからね。それは当然のことです。
文芸作品よりも、ビジネス書の方がこの傾向が顕著ですよね。風の噂ではフォロワー数一万人超えていない著者は出版を断るという出版社もあるとかないとか。わかんないですよ。あくまで風の噂。信じるか信じないかはあなた次第。
でもこの手法だと新人を育てることができません。出版社には作家の育成という役割も備わっていましたからね。
作家の中にはデビューから爆発的に売れる人もいれば、じっくり実力を付けて後々花開く人もいるんですよ。
今や大ベストセラー作家である東野圭吾先生や池井戸潤先生も、最初っからベストセラー作家だったわけではないです。僕のイメージではお二人ともそれほど売れている作家という印象はなかった。
東野さんはご自身のエッセイでそう書いていますからね。同時期にデビューされていた真保裕一先生がうらやましくて仕方ないって。あの東野圭吾にもそんな時代があったのかって読んで驚きました。
しかしお二人ともコツコツと地道に作品数を増やして人気作家になったわけです。
こいつはすぐには売れないかもしれないけど作品を出させて実力を蓄えさせよう。絶対あとで人気作家になるから。
長い目でじっくり育てて収穫する、長期スパンのビジネスですね。
そういう懐の深さが以前の出版社にはあったんですが、もはやそんな流暢なこと言ってられないですからね。売れない本を出す余裕など微塵もない。もう一日で収穫しなければ体力が持たないんです。
今のご時世、デビュー一冊目、二冊目で失敗したら作家業はお払い箱になる可能性もあります。もしかすると東野さんや池井戸さんが現在デビューしていたら、作家業は続けられなかったかもしれません。お二人の足元にも及びませんが、僕もおそらくそうでしょう。
星先生の「作家になるにはまず芸能人になりなさい」という言葉がまさに今の時代をあらわしているなと。
商業出版を狙うのならばこれが一番近道なんですよね。そして有名人だったら一定部数は売れるから次も書かせてもらいます。作家にとって次のチャンスをもらえるっていうのが大事なんです。(まず有名人になる方が難しいだろうがというツッコミはなしで)
当時はピンとこなかったんですが、この出版業自体が危機的状況になっている今になってはじめて、「星先生が言っていたのはこのことだったのか」って納得したんですよ。
『ショートショートの神様 星新一は未来を見ていた』
昔担当していた『ビーバップハイヒール』という番組で、僕が星新一企画を出して実現したときのタイトルなんですが、まさにそうだったなと改めて思いました。やっぱり偉大ですぜ、星新一は。