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芸人の相方とは

僕の友人に宇佐美(仮名)という男がいる。

彼は現在東京でとある人気番組のチーフディレクターをしている。彼がADのときに知り合い、もうすぐ二十年ほどの付き合いになる。

宇佐美を一言で例えるなら『常軌を逸している』だ。

今はさすがに40歳を超えたので落ちついたが、若い頃はとにかく破天荒な男だった。

以前彼と一緒に一軒家を借りていたことがある。僕は仕事場として使い、彼とAD二人、そしてもう一人僕のバイト先からの友達の計五人で使っていた。

ある日その家に入ると、宇佐美が腹をおさえてうめいていた。一緒にいたADに聞いたところ、酔っ払って道行く人と喧嘩になったそうなのだが、相手はプロボクサーだったそうだ。

「いやあ、俺もいいパンチいれたけど、相手がプロやったから」
宇佐美が顔を歪ませてそう言っていたが、「宇佐美さんほんと軽い、なでられたみたいなボディ一発でKOされましたよ」とADは答えていた。

ちなみにこのADは、合コンなど女の子がいる場所につれいてくと緊張のあまり、おしぼりを噛みちぎるという奇癖の持ち主だった。宇佐美を筆頭に僕の周りはこんな奴ばかりだった。

宇佐美が動けば必ず何かトラブルやもめごとが起こった。ただ憎めない奴なので、みんなが集まってくる。

テレビ業界で唯一できた友人が宇佐美だった。普通放送作家はロケには同行しないのだが、宇佐美のロケは一緒に行っていた。今でも頻繁に連絡を取って近況を聞いている。

そんな宇佐美は前職が芸人だった。ウーマンラッシュアワーの村本さんとコンビを組んでいたが芸人を辞めて、裏方であるテレビスタッフに転職したのだ。

あまり知られてはいないが、元芸人がテレビのスタッフになった例は結構ある。

ADというのはアシスタントディレクターの略で、彼らはディレクターを目指して日夜奮闘を続ける。まだ働き改革なんて言葉が一ミクロンもなかった時代なので、ADといえば徹夜仕事は当たり前という感じだった。

宇佐美はADとして頭角を示し、あっという間にディレクターに出世をした。性格はむちゃくちゃなのだが、とにかく優秀な男なのだ。

そんな折、彼にある仕事が与えられた。それはウーマンラッシュアワー村本さんのドッキリだ。つまり元相方をドッキリにかけるというわけだ。

ディレクターとして元相方と一緒に仕事をする。芸人時代は売れずに芽の出なかった二人が数年を経て、演者とスタッフとして邂逅する。なかなか胸にぐっとくる展開じゃないだろうか。

「宇佐美、よかったな。頑張りや」と僕は声をかけた。

「いや別にそんなたいそうなことやないから」と宇佐美はそっけなく返したが、その口角は上がっていた。

ドッキリの内容は、『美人局ドッキリ』だ。女好きの村本さんに仕掛け人の女性タレントが誘惑する。女性タレントの部屋に二人が一緒にいるところに、ヤクザ風のおっかない男達があらわれ、「何わしの女に手え出しとんのじゃ」と脅す。

ヤクザ風の男達が村本さんを目隠しし、強引に車に乗せ、ある場所に連れて行く。「助けてください」と村本さんは震えながら懇願していた。まるでドナドナの子牛のようだった。

無理もない。映画やドラマならばこの後港の倉庫で足をコンクリで固められ、そのまま海に沈められる展開だ。

村本さんはまださほど有名ではない頃なので、ドッキリもかけられたことがないほどの知名度だった。これをドッキリと疑う可能性は皆無なので、その恐怖も半端ない。

しかしヤクザ風の男が連れ来た先は倉庫ではない。最終目的地で村本さんの目隠しを取ると、そこは劇場。そしてすぐさま出囃子が鳴り、相方の中川パラダイスさんと漫才をさせられる。そこでネタばらしというわけだ。

一応いっておきますがこれ昔のバラエティーですからね。こんなの現代の地上波では絶対にできないですよ。

ロケ終わりにその素材VTRを宇佐美と一緒に見たのだが、二人でゲラゲラ笑いながら見た。ロケは大成功だった。

だが宇佐美の仕事はこれからがはじまりだ。この素材VTRを編集しなければならない。

テレビではこの編集作業がとにかく大変なのだ。料理に例えると、いくら素材がよくても調理で失敗したら料理が台無しになる。

VTRのどこを切って、どこを繋げば面白くなるか。台詞と台詞の一秒に満たない間でも短くしたりして、できるだけ面白くなるように工夫する。それがバラエティー番組の編集だ。

宇佐美も徹夜に徹夜を重ねて作業を続けていた。風呂にも入らず飯も食べていない。髪は脂ぎっていて、頬もこけていた。テーブルには栄養ドリンクの空瓶がずらっと並んでいる。

宇佐美が苦悶の表情を浮かべていたので聞いてみると、虫歯で歯が痛いそうだ。さすがに心配になって、「歯医者行った方がええぞ」と僕が言うと、

「浜ちゃん、忘れたんか。俺、健康保険入ってないから

宇佐美がそう答えた。そうだった。宇佐美は離婚して子供の養育費にお金を払っていたのと、普段から金遣いが荒いので、健康保険に入っていなかった。

「それにそんな時間あらへん。〆切りあさってなんやから。これで大丈夫」
そう言って、宇佐美が痛み止めの薬をガリガリと噛み砕いた。まるで子供がラムネを食べるような感じで薬を食べている。

「今回はいつも以上に真剣やな」
「まあ村本がはじめて主役のVTRやから。面白くせなあかんやろ」

なるほど。芸人の相方というのは別れてもそういう関係性にあるのだろう。

最終的に宇佐美はVTRを仕上げたあとぶっ倒れた。徹夜で疲弊していた体に痛み止めの薬をがぶ呑みしたのが原因だ。鉄人みたいな男だが、さすがに何日間は寝込んでいた。

その苦労の甲斐があって、スタジオ収録も大盛り上がりだった。

ただこの話には後日談がある。

この収録後村本さんがスタッフに、「VTRを流すのを自分の誕生日のあとにして欲しい」と懇願したのだ。なんでも誕生日前にこんな美人局に引っかかったVTRを流されたら、女性ファンからのプレゼントが減るという理由だった。

正直演者の芸人さんからこんな理由でオンエア日を変えてくれという話は聞いたことはないが、なぜかその番組のスタッフは了承してしまった。

一時期関西若手芸人界隈では、この話を村本さんのクズぶりをあらわすエピソードとしてよく話していたのだが、実はこれが元相方の宇佐美が必死で仕上げたVTRだということは彼らも知らないだろう。

村本さんは、ディレクターが元相方の宇佐美であることは当然知っている。芸人ならば、ディレクターがVTRを仕上げるための労力も熟知しているだろう。それを承知の上で、村本さんはオンエア日を遅らせてくれと頼んだのだ。

まさにクズの二乗。あっぱれなほどのクズぶりだ。昨今クズ芸人というワードがとりざされているが、これほどクズなエピソードはなかなかお目にかかれない。

この顛末を聞いたあと、僕は家に向かった。するとベランダで、宇佐美がぷかぷかと気持ちよさそうにタバコをふかしていた。

僕が声をかけた。
「聞いたわ。オンエア日遅れるんやったらVTRあんなに必死で仕上げんでよかったなあ」

すると宇佐美がにやりと笑い、タバコの煙を吐いた。
「ああいうやつなんですわ。芸人として最高でしょ

おお、かっこいいと僕は心の中で賞賛した。

芸人、そして芸人の相方とはこういうものなのだろう。面白ければすべてが許される。だからお笑い芸人というのは、僕の中では特別な存在なのだ。

あれっ、なんかいい話になる感じじゃなかったんですが、いい話になりましたね。

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浜口倫太郎 作家
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