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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第58話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空飛ぶ円盤の観測会に出かける。

→前回の話(第57話)

→第1話

本物の三鳥由起夫がいた。首に双眼鏡をかけ、周囲の人たちと談笑している。新聞や雑誌で見かける顔写真と同じく、太くてりりしい眉に、力強い目つきだ。

荒本さんと一緒にこちらにやって来る。憧れの作家を目前にして、体がかちこちになった。

荒本さんが口を開いた。

「三鳥さん紹介しますよ。バシャリ君と水谷幸子さんです。バシャリ君は自称宇宙人ですよ

三鳥さんの目がきらめいた。バシャリが陽気に挨拶した。

「あなたが三鳥ですか。私はバシャリです」

「君はずいぶんと背が高いな」と、三鳥さんがバシャリを見上げた。「宇宙人は背が高いものなのかい?」

「いいえ、日本人が低すぎるのですよ」

「まあ、それもそうか。失敬、くだらないことを訊いた」

三鳥さんは豪快にわらい、続けざまにわたしを見た。つい、びくっとした。

「こちらのお嬢さんも宇宙人ですかな?」

ぶんぶんと首を横にふった。

「いいえ、とんでもないです。わたしは違いますわ」

緊張のあまり声がうわずった。三鳥さんはくくっと肩をゆすった。

「そうだろうな。こんな美女が宇宙人だとしたら、ボクもまっ先に宇宙に行きたいもんだ

 美女……しかもあの三鳥由起夫が……このまま宙に浮いてしまいそうなほど嬉しかった。

三鳥さんは、バシャリに向きなおって尋ねた。

「宇宙人というのは、金星人か、水星人かい?」

「いいえ、アナパシタリ星人ですよ。三鳥」

「聞いたことがない星だな」と、三鳥さんが首をかしげる。

「当然ですよ。地球の文明ではアナパシタリ星の存在が判明するまで何百億年とかかるでしょう」

「何百億年か。それは凄いな」

三鳥さんはバシャリの話に食いついた。荒本さんと星野さんは、別の会員たちと話し込んでいる。そこに新聞記者たちが割って入ってきた。

「三鳥さん、本当に空飛ぶ円盤があるとお考えなのですか?」

「もちろん信じていますよ」

三鳥さんが断言した。記者の間にわらいがこぼれた。その予想通りの反応に三鳥さんはほくそ笑み、流暢にしゃべりはじめた。

「空飛ぶ円盤を信じないというのは日本だけです。アメリカでは円盤を信じないなんてのは相手にされないくらい研究もさかんですよ。

ちゃんと専門誌が駅売りで出ているし、ラジオでも深夜放送に円盤の時間があるからね。

そこでは円盤を見たとの報告や、科学的な検証や解説がされるんです」

記者たちの目の色が変わった。大急ぎで手帳にペンを走らせる。アメリカでは、という三鳥さんの発言が効果を示したようだ。

「三鳥さんは円盤を目撃されたのでしょうか?」

三鳥さんは無念そうに首をふった。

「夏に熱海ホテルへ行ったとき双眼鏡を持って、毎夜、毎夜、空飛ぶ円盤が着陸しないかと心待ちに覗いていましたが、ついに目撃の機会を得ませんでしたよ。

熱海で双眼鏡を覗くという、世間の人々に誤解を与えかねない危険まで冒したのにね」

記者の質問を三鳥さんはユーモアを交えながら見事にさばいていく。記者がおもむろに申し出た。

「三鳥さん、写真をよろしいでしょうか?」

そして返事を待たずにカメラをかまえる。三鳥さんは快く応じた。

「いいですよ。そうだ。君たちも一緒にどうだい」

自分が誘われたと思わずに妙な間ができた。記者たちの視線でそのことに気づき、とんでもないと断ろうとしたが、

「幸子、一緒に撮ってもらいましょう」

バシャリはちゃっかり三鳥さんの隣にいる。いつもこれだ。あきらめたわたしは、おずおずとその横に並んだ。

ほおっという感嘆の声があたりから聞こえた。記者の一人が尋ねた。

「三鳥さん、その美男美女はどなたですか?」

 三鳥さんはにやりと答える。

「彼らは宇宙人だよ」

一同からドッとわらいが起きた。緊張と恥ずかしさで気絶しそうだ。記者が、レンズを向けた。

「では、お願いします。宇宙人のお嬢さんもこちらを向いてください」

どうにか笑顔を浮かべたけれど、頬がぴくぴくとひきつった。ばしゃりとシャッター音がして、フラッシュが光る。

まぶしさで目がつぶれそうだ。記者たちが撮影を終えると、バシャリが自分のカメラを手にした。

「そうだ。せっかくだからこれで撮ってもらいましょう」

記者の一人が「かまわないですよ」と手をあげた瞬間、バシャリは隣の三鳥さんにカメラを渡した。

「ボクが撮るのかい?」

三鳥さんが絶句した。

小説家でも写真ぐらい撮影できるでしょう。幸子と私を撮ってください」

全員、呆気にとられた。あまりに失礼なふるまいにわたしは立ちすくんだ。やがて、さきほどの記者がふきだした。

「三鳥さん、宇宙人が相手だと文豪の威厳も形無しですな」

一同が、爆笑した。三鳥さんも頭をかきながら「いいよ。ボクが撮ってやるよ」と、カメラをかまえた。バシャリがそれを指さした。

「幸子、あちらに顔を向けないと」

状況を把握できず、わたしはただおろおろした。それを解きほぐすように三鳥さんが言った。

「お嬢さん、ほらっ、ボクが写真を撮ることなんてめったにないんだから」

「あっ、はい」うろたえながら返事をすると、すぐさま三鳥さんがシャッターを切った。

そして「ほらっ、まったく」と、苦笑を浮かべたままバシャリにカメラを返した。

とんだ事態だったが、バシャリのおかげで空気がさらに和んだ。その後も記者からの質問に、三鳥さんはサービス精神たっぷりで答えた。

最後に記者が訊いた。「三鳥さんにとって、空飛ぶ円盤とは一体なんでしょう?」

「空飛ぶ円盤は、現代生活におけるひとつの詩ですよ」

三鳥さんの即答におおっ、という歓声が起こった。さすが人気作家だ、とわたしも感動した。記者たちが満足そうにその場を立ち去ると、バシャリがねぎらいの言葉をかけた。

「三鳥、お疲れさまでした。写真もありがとうございます。いやあ、三鳥は人気者ですね」

「人気者なものかね」三鳥さんは皮肉な笑みを浮かべた。「動物園の動物と同じようなものだよ。またボクがおかしなことをはじめたと思って見に来ただけだ」

「ほうっ、三鳥は人間ではなく、猿や象のようなものですか」

「そうだ。実に的確な指摘だ」と、三鳥さんは大口を開けてわらった。「それより君、ボクは今度宇宙人が出てくる小説を考えていてね。ちょうどいいから話を聞かせてくれないか」

「わかりました。まかせてください」バシャリは頷くと、交換条件を口にした。「では、私には地球における男女の恋愛について教えてください。どうすれば男女間で恋愛感情が生まれるのですか?」

「簡単だよ」三鳥さんはにやりとわらう。「ボクの『潮騒の声』は読んだことがあるかい?」

「いいえ」バシャリは首をふったが、わたしはハッとした。三鳥作品の中でも好きな作品だったからだ。

「恋愛が知りたいならあれを読みたまえ。地球では男が火を飛び越すと、女は惚れるんだ」

「ほおっ……ずいぶんと不可解な現象ですね」

バシャリは、さっぱりわからないという面もちで言った。

第59話に続く

作者から一言
三鳥のモデルは作家の三島由紀夫ですが、実際にこんなニュアンスのことを新聞記者に話していました。この空飛ぶ円盤研究会の体験をもとに『美しい星』というSF小説を書いています。


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浜口倫太郎 作家
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