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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第62話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。幸子が銀行で仕事をしていると、バシャリがあらわれる。

→前回の話(第61話)

→第1話

こんなところで何をしてるの……

あまりの衝撃に何の反応もできない。突如あらわれた割烹着姿の男に、行員たちもとまどいの色をかくせなかった。

「いやあ、どうやら間に合いました」と、バシャリは一安心したようにあたりを見回してから、丁寧に挨拶をした。

みなさんが幸子の愉快な仲間たちですか。いつも幸子がお世話になっています」

わたしは喉をならし、声をふるわせた。

「あなた……一体何をしてるの……」

「何って挨拶ですよ。宇宙の常識です」

「そうじゃなくて……」

次の言葉を継ごうとした寸前で、「幸子、どうぞ」とバシャリが弁当箱をさし出した。

「お弁当を忘れてはいけませんよ。昼食は一日の食事の中で最も大事なものですから」

しまった、と唇をかんだ。そういえば、弁当を買いものかごに入れた記憶がなかった。

「今日は私の自信作ですよ。そぼろと五目煮豆を作ってみました。豆も昨日の晩からつけましたし、味付けも完璧ですよ。楽しみにしてください」

「君は、水谷の知り合いかね……」

課長がようやく口を開いた。

「あの、そのっ」

動揺のあまり口元がもつれる。言い逃れようとしたのに、頭が上手く回らない。バシャリが丁寧に言った。

「そうです。バシャリと言います。幸子に命を救われ、幸子の家で世話になっている宇宙人です。よろしくお願いします」

「宇宙人……」

 課長があんぐりと口を開けた。他の行員も同じ面もちだ。

まさかの事態に、意識が消え入りそうになる。銀行員ほど頭の固い人たちはいない。

もし、こんな変人が同居人だと知れれば、一体どうなるかは簡単に想像できた。

だからこそ、職場の人にはバシャリのことは絶対の秘密だったのにーー目の前に漆黒のカーテンが降りた。

「あっ」と、西園さんが声をあげた。新聞を開いて、「もしかして、これっ……」と、バシャリを指さした。

バシャリは目を見開いた。

「おおっ、昨日の写真ではないですか。幸子もよく撮れています。あなたそうは思わないですか?」

唐突な問いかけに、西園さんはまごつきつつも頷く。ふいに西園さんの胸元を、バシャリが注視した。視線の先には名札があった。

「あなたは西園ですか?」

「そうですけど……」

警戒をまじえた西園さんの口調を気にすることなく、バシャリは感激の声をあげる。

「おおっ、幸子に聞きましたよ。あなたは恋愛結婚をした上にさらに赤ちゃんができた、と。

西園は、まさに恋愛の達人です。いつか恋愛に関してご教授いただけないかと願っていたところですよ」

「赤ちゃん?」課長が聞きとがめた。

まずい。背中に寒気が走る。西園さんの顔がさっと青ざめた。課長が訊いた。

「おまえ、妊娠しているのか?」

一切の言い逃れも許さない、そんな口調だった。西園さんは唇をふるわせて頷いた。

「はい……」

「どうして黙っていたんだ!」

課長が叫び、あたりの空気がはりつめた。西園さんが弾かれるように頭を下げた。

「申し訳ありません」

どうしよう……わたしのせいだわ。何とかごまかそうとしたが、狼狽のあまり唇すら開けられない。すると、バシャリが心底不思議そうに訊いた。

「あなたはどうして怒っているのですか? 妊娠ですよ。つまり新たな生命が誕生するということです。

これほど喜ばしい知らせはこの世にありませんよ」

無邪気な問いかけに課長は一瞬とまどいを見せたが、すぐに威厳をとりもどした。

「部外者は黙れ! だいたい結婚したのなら、辞めるか、地方の支店に転勤させるのが通例なんだ。

そこをどうしてもと頼むから置いてやっているのに、すぐに妊娠するとは一体どういう了見なんだ」

西園さんは、小刻みに震えていた。

「だから第七銀行のように新規採用条件に『結婚したら退職する』と付けくわえるようにと上に進言したんだ。

結婚した上に妊娠などしおって……おまえわかってるだろうな。明日にでも辞めてもらうぞ」

「どうしてですか? 妊娠をしても仕事と何の関係もないでしょう」

バシャリの疑問に、課長は吐き捨てるように言った。

「何を言っとるんだ。腹の出たみっともない姿で窓口業務ができるわけなかろうが。そんな常識も知らんのか」

西園さんが涙ぐんだ。その姿を目の当たりにし、頭の中の糸がプチッと切れる音が聞こえた。大好きな西園さんへの侮辱は許せなかった。

「お言葉ですが……」

わたしが関根課長に向きなおった、そのときだ。「はあ……」とため息を吐き、やれやれと言うような面もちで、バシャリがわたしを見た。

幸子、愚かな人間とはどこの星にもいるものですね。

一体、自分はどうやって大人になったと考えているんでしょうか? 木の股から生まれて、勝手に成長したとでも思っているのですかね。

馬鹿につける薬はないと言いますが、宇宙共通の言葉だと確信を深めましたよ

「なんだと」

課長がすごんだ。だが、身長差が大人と子供ほどある。どこか滑稽だった。

→第63話に続く

作者から一言
ちょうど執筆時に子供が幼稚園に通っているときだったんですが、幼稚園の近所のおじいさんが、「子供がうるさい」と文句いっていると聞いて、バシャリにこのセリフを言わせました。
腹がたつ気持ちとかむかつく感情は、作家は作品で昇華できるのがいいところです。

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