ファミレスの金だらいの謎
『五十円玉二十枚の謎』という言葉をご存じでしょうか?
これは推理作家の若竹七海さんの話です。若竹さんは大学生のときに書店でバイトをされていたんですが、毎週土曜日になると五十円玉を二十枚握りしめた男があらわれ、千円札への両替をするそうです。
一回だけならわかりますよ。でも毎土曜日一回必ずあらわれて両替するそうなんです。しかも五十円玉二十枚という大量の硬貨を。男の目的がわからないでしょ。
この謎でアンソロジー小説も作られるぐらいミステリー界隈では有名な話です。
ミステリーって何も殺人事件だけじゃなくて、身近な題材も十分に魅力的な謎になるという一例です。
北村薫さんの『空飛ぶ馬』なんか代表的ですよね。日常ミステリーというジャンルです。
この身近な生活に潜む謎で言えば、僕にも一つあります。
僕は午前中はファミレスで仕事をすることが多いんですが、毎朝ファミレスに行くと一組の家族がモーニングを食べているんです。
おじいさん、おばあさん、中年の息子の三人です。僕が行くと必ずこの三人がいるんですよ。今までいなかったことがありません。
息子さんはちょっと暗い雰囲気があります。少なくとも普通に働いているサラリーマンという感じはしない。勤め人ならばこの時間帯にファミレスに両親と一緒に来れないですからね。
この組み合わせでもかすかにミステリー感が漂っているんですが、特大の大きな謎があるんです。それは彼らの車。
白い軽自動車なんですが、なぜか後部座席に大きな金だらいが一つだけ置かれているんです。
金だらいですよ。金だらい。正直金だらいってドリフ大爆笑ぐらいでしか見ないじゃないですか。
いつも僕がその軽自動車の隣に車を停めるので、自然と目に入ってしまうんですが、ピカピカの金だらいなんです。
綺麗な車内に、金だらいがポツンと鎮座している……。
金だらいなんて何に使うのか? 別に川で洗濯したりしているわけではないでしょう。どうですか。なかなかのミステリ-でしょ。
そういうわけで答えを考えてみましょう。
1 商店街で金物屋を営んでいた
ベターですが、まずはじめに考えられる理由です。一家は商店街で金物屋を経営していたのですが、時代の影響で閉店に追い込まれた。
鍋、釜、包丁などはすぐに処分できたのですが、この金だらいだけは売れ残ってしまった。なんせ金だらいなんて中々使いませんからね。買い手もあらわれないでしょう。仕方がないので車に乗せて運んでいる。
いや、それだけなら家に置いておけばいいのか。ならばこれは呪いの金だらい。むやみやたらに人が触れると不幸が起こる。三人はそれを阻止するために持ち運んでいるのかもしれません。
2 三人は殺し屋である
僕の中ではこれが有力ですね。三人は殺し屋なんです。死体をばらばらにし、この金だらいに生首や手足、臓物をぶち込む。それを殺し屋協会と契約している養豚場に運び、死体を豚の餌にする。
金だらいは特殊な加工をしているので、水でさっと流せばピカピカに。血や腸のこびりつきなどどこにもありません.
徹夜明けで仕事をしたあとファミレスでモーニングを食べるのが彼らの習慣。いわれてみればちょっと三人とも眠そうな感じが……これは今僕の中でもっとも推している説です。
3 邪神教の信者である
これもありますね。三人はアラスカに伝わる邪神を信仰している。その神の教えでは、一日一度は神に血を捧げなければならない。
彼らは失踪者など身元のわからない人間を攫い、首を切り落とし、その血を金だらいに溜めているんです。それを供物として邪神・ドガフレッツ様に捧げている。
いつ獲物があらわれるかわからないので、金だらいは常に車に載せておく必要がある。これもあるかもしれないです。
4 ドリフの関係者である
ドリフの金だらいみたいなと書きましたが、もしかすると本当にドリフで使われていた金だらいの可能性があります。
お父さんは実は以前いかりや長介さんと関係が深かった。もしかするといかりやさんの運転手ではないでしょうか。
世間には公表されていませんが、いかりやさんはマイ金だらいを持っていた。こだわりがあって、その金だらいじゃないといかりやさんは納得できなかった。音や響きが違うんでしょう。素人の我々にはその違いはわかりません。
加藤や志村、ましてや高木ブーには絶対触らせなかった絶品の金だらいです。
そのドリフメンバーにすら触れさせないたらいに唯一触れられる人間……それがファミレスにいるお父さんなのです。
お父さんは運転手時代、いかりやさんのために金だらいを持ち運びしていた。二人の間には芸人と運転手以上の信頼関係があったんです。
だからこそいかりやさんは死の間際、お父さんにこの金だらいを託した。いかりやさんなりの友情と感謝の証なのです。
お父さんはいかりやさんを偲んで、自動車に金だらいを載せている。お母さんと息子さんもそれがわかっているので何も言わない。いい話ですね。
さあ正解はどれなのか? 三人に直接聞く勇気はないので真相は永遠にわからないです。
ただもう一つ付け加えるならば、あの三人も僕のことを謎だと思っていることです。
何せ毎日同じ汚らしい格好をして、ひたすらパソコンの前で一人うなっている奴ですからね。向こうにしても謎でしょ。
同じ状況でも視点を変えることによってストーリーは変わるってことです。