note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第54話
「そうだ」と、バシャリが手を叩いた。
「買えないなら作りましょう」
「作る? 洋服を?」
「そうですよ。自分で作ればお金もいりません」
「無理よ」と、わたしは首をふった。「洋裁の技術もないし、うちのミシンは壊れてるわ」
「いいところがありますよ。行きましょう」
バシャリは体の向きを変えた。家とは、違う方向だ。
「ちょっと、どこに行くの?」
「まあ、まあ、とりあえずついて来てください」
と勝手に歩きだす。頭に疑問符を浮かべたまま、わたしもとりあえず後を追った。
目黒に入ったところで、行き先に見当がついた。
「もしかして杉本学園に向かってるの?」
「そうですよ。あそこなら先生が教えてくれるでしょう。幸子も行ったことがあるようですし」
「どうして知ってるの?」
あまりのことに仰天した。杉本学園のことは秘密にしていたはずなのに。
「簡単ですよ。本棚のパンフレットからかすかに黄色の感情色が漂っていました。たぶん、幸子が時々眺めていたのでしょう。違いますか?」
「見てたの……?」
「いえ、見てませんよ」
バシャリは口元に笑みを浮かべた。
「感情色は物に宿ることもあるのですよ。幸子の感情色がパンフレットに移ったわけです。
そしてその場合は、余程思い入れがあるときです。だから幸子は杉本学園に立ち寄ったのだろうと推測したのですよ。どうやら正解ですね」
と、ほくそ笑んでいる。わたしは小声で訊いた。
「わたしにもその……感情色はあるの?」
「幸子はフタが閉じていますからね。普段はまったく見えません。ですが、私がクスリイランシャックで感情をとりだしたことでわずかにフタが開いたのですよ。
だから感情が高ぶったときには、感情色がわずかに表出するのです。さあ、到着しました」
杉本学園の校門からは、ぞろぞろと生徒たちが出てくる。みんなバシャリの格好を見ると、ぎょっとした表情を浮かべ、身を縮めながらやり過ごす。
そして、友達同士でひそひそとささやき合った。彼と出会った人たちの毎回の反応だ。あまりの場違いさに、わたしは気おくれした。
「……ねえ、帰りましょうよ」
「なぜですか? せっかくここまで来たんですよ」
帰る、帰らないでしばらく押し問答をしていると、突然声がした。
「なんだ、あなただったの?」
振り向くと、校門から女性が顔を覗かせていた。以前、わたしを案内してくれた美加子さんだった。
今日の服装は、黄色の派手な柄のシャツに、少し丈の短いぴったりとした白のパンツだった。
大胆な色づかいにもかかわらず、それが見とれるほど彼女になじんでいた。
「生徒たちから変な人がいるって報告があったのよ」と、バシャリに視線を注いだ。「背広の上から腹まきね。まあ、たしかに変な人かもね……あなたの恋人かしら?」
「とんでもないです!」
ぶんぶんと首をふった。その反応が面白かったのか、美加子さんはふふっとわらい、食い入るようにバシャリを見上げた。
「へえ、ずいぶんと男前ねえ。俳優さんかしら?」
「いいえ、俳優ではありませんよ。
私は、宇宙人です」
「宇宙人って……あの宇宙人?」と、美加子さんは空を指さした。
「ええ、アナパシタリ星から来たバシャリと言います。どうぞよろしくお願いします」
美加子さんは、唖然とした。またやった、とわたしはうなだれた。けれどその直後の美加子さんの反応が、他の人たちとはまったく違った。
「そう、宇宙人なの……宇宙人って……」
と、美加子さんは身がよじれるほどわらいくずれたのだ。
「すみません。この人、変人なんです」
毎度の決まり文句で頭を下げると、それが火に油を注いだ。「そうっ、変人なの」と、さらに顎が外れるほど大口を開けてわらい転げている。
おかげで美加子さんが落ちつくのを待つはめになった。ようやく目に浮かんだ涙をぬぐいながら、美加子さんが言った。
「ああ、おかしかった。またいつでもいらっしゃいとは言ったけど、まさか宇宙人と一緒に来るとは夢にも思わなかったわ」
余程愉快だったのか、まだ口元がゆるんでいる。
「で、一体今日は何の用かしら?」
「はい。本日は幸子の洋服を製作しに来ました。幸子は貧乏なので洋服を購入する資金がありません。
ですから杉本学園で洋服を作ることに決定したのですよ」
あまりに断定的な口調に、わたしはひやひやした。だが、美加子さんは逆に興味を惹かれたようだ。
「へえ、どんな洋服?」
「今度の空飛ぶ円盤の観測会で着て行く洋服ですよ。新聞記者も取材に来ます。とびきりおしゃれな洋服でお願いしますよ」
「とびきりおしゃれな洋服ね……面白そうじゃない」
美加子さんの瞳にきらめきが宿る。
「いいわ、協力してあげる。ついてらっしゃい」
以前と同様、こちらの返事を聞くことなくすでに歩き出している。そのうしろにバシャリが続く。まさかの展開にわたしは一歩も動けなかった。
「ほらっ、幸子行きますよ」と、バシャリが手まねきする。わたしは二人の背中をあわてて追った。
この前の部屋に案内され、わたしは目を白黒させた。さらに散らかっている。机や床には、断裁して余った布きれが乱れとび、台風が通過したみたいだ。
しかしその騒がしさから距離を置くように、あのミシンが佇んでいた。それを見た途端、以前の興奮がよみがえった。ざわざわと心がふるえる。
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