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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第59話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。二人は空飛ぶ円盤の観測会に出かける。

→前回の話(第58話)

→第1話

二人が話に没頭しはじめたので、わたしは周囲を散策することにした。あちこちで会員たちが双眼鏡で空を見上げている。

わたしも目を細めて空を眺めた。円盤の欠片すら見当たらない。あきらめて適当にぶらついていると、窮屈そうに身をかがめ、望遠鏡を覗き込んでいる星野さんを発見した。

「星野さん、見えますか?」

星野さんは望遠鏡から目を外し、自分の腰を軽くたたいた。

「いやあ、見えないな。幸子ちゃんはどうだい?」

小さく首をふる。「だろうな」と、星野さんは肩をすくめ、今度は直接空を見上げた。ふと気になった質問を口にする。

「星野さん、小説の調子はいかが?」

「ダメだね。ぜんぜんだよ。今からでも断れないかなあ」

星野さんは投げやりに言った。そしてレンズの向きを変え、なにやら調整すると、

「せっかくだから月でも見るかい? 今夜の月は格別綺麗だよ」

と、手まねきした。ゆっくり望遠鏡を覗き込むと、巨大な月が目に飛び込んできた。圧倒的なその光景に息を吞む。

あざやかな月の光が、心の中を軽くしてくれるようだ。

星野さんが得意げに言った。「どうだい。いいもんだろう」

「ええ、すごく素敵だわ」

「気がふさいでるときに月を見ると不思議と落ちつくもんだよ」

そう言い、星野さんはふっと息を吐くと、もう一度月を見やった。

星野さんと別れ、散歩に戻る。空港の敷地内のためか、風がかなり強かった。

足が疲れてきたわたしは、芝生に汚れがないのをたしかめてから、そろそろと腰を下ろした。遠目に飛行機が見える。

突然風がふきつけたので、背筋がぶるっとふるえた。

「ちょっと肌寒くなりましたね。幸子、これを羽織りなさい」

いつの間にかバシャリが隣にいた。おもむろに背広を脱ぎ、わたしに手渡してくれる。少し躊躇したけれど、「ありがとう」と言い、それに身を包んだ。服にこもった体温が伝わる。なぜかドキドキした。

バシャリは隣に座り込んだまま、一言も口をきかなかった。ただ、じっと月を眺めている。

いつになく静かなその横顔に、ぼんやりと見とれた。すぐさまそんな自分に気づき、動揺を覚えた。

わたし、どうしたのかしら……

その奇妙な感情をふりほどくように訊いた。

「三鳥さんのお話どうだったの?」

「三鳥は面白い人ですよ。新しい小説の内容も聞きました。火星人や水星人や金星人が家族の小説だそうです

「……ずいぶんと変わった小説ね」

今までの三鳥由起夫の作品とはずいぶんと毛色が違う。でも、その小説が完成したらぜひとも読みたかった。

「三鳥にもラングシャックのことを頼みました。有名な作家ですから情報も集まるでしょう」

「そんなに自分の星に帰りたいの?」

わずかに批難めいた口調になったことに自分でも驚いた。

「そうですね……」

と、バシャリは吐息をついた。

「私も長い間旅を続けてきました。最初は無我夢中で数々の星を冒険するだけで、故郷のことなど考えもしませんでした。

ですが時を重ねるごとに、ふと頭をよぎるのです。燦然と緑に輝くアナパシタリ星をーーそれから無性に帰りたくなりました。故郷とはそういうものなのでしょうね……」

今にも消え入りそうな声だった。いつもの陽気さが影をひそめたようで、何だか心配になった。わたしの内心を読んだかのように、バシャリが明るく言った。

「ですが中にはそうでない人もいました」

「そうでない人?」

「はい。アナパシタリ星では一般人も宇宙を旅することは可能ですが、それは同じ銀河の星々に限られています。

別の銀河間を行き来するには、次元を超越しなければなりません。しかし、多次元宇宙空間へは我々のような宇宙飛行士にしか航行することができません。

時空間を超越し、次元密接点を統合できるのは特殊能力ですから

得意満面で説明する。何を言いたいのか、皆目わからない。

「……つまり、どういうことかしら?」

「わかりやすく言うと、あれですよ。あれ」

 と、バシャリは右側を指さした。指先を視線で追いかけると、飛行機があった。

「幸子は飛行機を操縦できますか?」

「できるわけないわ」

「同じことですよ。車は普通の人でも運転できますが、飛行機はパイロットしか操縦できません。

そのパイロットにあたるのが、私です。空飛ぶ円盤は宇宙飛行士にしか操縦できないのですよ」

「なんだ、そういうことなの。最初からそう説明してくれたらいいのに」

バシャリは不服そうな面もちだったが、とりあえず話を先に進めた。

「ですが、多次元宇宙空間への航行は危険がつきまといます。アナパシタリ星から旅立った宇宙飛行士の帰還率は、およそ五割です

「半分しか戻って来られないの?」

「はい」と、バシャリは神妙に頷いた。「残り半分は何らかの事故により戻って来ません」

事故という凄惨な響きに怖気をふるった。

「そんなにまでして宇宙を旅したいの?」

「もちろんです」バシャリは声に力を込めた。「それが私の魂が求めるものだからです」

魂が求めるもの……

 この人は死の危険を冒して宇宙を旅している。いつも吞気なバシャリの中にそれほどの覚悟が同居していることが、とても不思議に思えた。

「同じ志を抱いた私の先輩の中にも行方不明者はいました。特に私を可愛がってくれた先輩のテナガノリが帰還しなかったときほど悲しかったことはありません」

バシャリは目を潤ませた。

「テナガノリ?」

「あっ、すみません。正しくは、カマト・テナガノリ・ピンゴラット・ソサク・チャントラント……

「全部の名前を訊いたわけじゃないの」と、わたしは強引に止めさせた。「あなたたちの恐ろしく長い名前をすべて聞いていたら夜が明けちゃうわ」

「たしかにテナガノリの名前は私よりも長いですから」

あれより長い名前なら一日かけても言い終わらない。

「テナガノリが行方不明になり、私は彼の区間を受け継ぐことになりました。

第60話に続く

作者から一言
アナパシタリ星の宇宙飛行士の帰還率は五割です。残りの五割はどうなっているのかは誰も知りません。名前が長いというボケはお気に入りですね。

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