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無言 29

よっくんの前には目の覚めるようなブルーのかき氷があって、 
「つめた〜い!」
口に放り込む度に顔をしかめて、目をつぶり、次の瞬間はキラキラした目で氷の山を崩しては、口に入れる。
コロコロと変わる表情が何とも言えなくて、かわいくて、僕はそんなよっくんをじっと見つめていた。
ゴールデンウィーク。母の日も近いせいで、仕事は大忙しだったが、合間の休みに孫と近くのスーパーのフードコートに来ていた。よっくんは、母の日に自分のお母さんにバラをプレゼントしたいと、この間バラ園に息子と来ていた。母の日当日は僕が花束をよっくんに渡す手はずになっている。
よっくんのお母さん。つまりは息子の嫁は今は2人目の子供を妊娠中で、大きなお腹をさすりながら、今も市役所の福祉課で働いていた。予定日は7月なので、もうすぐ産休に入るそうだ。大きなお腹でやんちゃな四歳児の相手をするのも大変だなぁと思うが、幸いにもよっくんは僕といる時は急に駆け出したり、わがままを言ったりすることなくいい子なので、2人ででかけても近くなら困ることはない。むしろ手足の不自由な僕を気遣ってくれる。出しにくい財布を出してお金を払ったり、カードを出すのを手伝ってくれたり。たった1年で子供はこんなに成長するものなんだな。
自分は、息子の成長をほとんど見てないも同然な事を今更ながら申し訳無く思い、大事な瞬間を見逃したんだな。と残念に思うが、過ぎた時は戻らない。小さい頃はほとんど尚子に子育ては任せっぱなしで、自分は仕事さえしてればいいとどこかで思っていたフシがあり、僕達が離婚した原因の一つはソコにあった。尚子は僕に手紙をくれることはなかったが、時々親友の聡美さんには手紙を書いていたらしく、尚子が旅立ってしばらくして聡美さんに出会った時に、彼女から手紙を見せてもらったことがあった。
その内容は僕には涙なしでは読めない文面で流れる涙を拭うすべもなく泣き続ける僕を、聡美さんはしばらく黙ってみていたが、おもむろにバックからハンカチをだし、次はポケットティッシュをだして渡してくれた。
「病気のせいで、泣き出したら止まらなくて。。。」
と、小さな声で弁解しながら流れる涙を拭う。そんな自分は彼女にはどう写ったのだろう。
聡美さんは、
「あなたが変わってしまったと尚ちゃんから聞いた時は、心底あなたが憎かったし、幸せにできない男なんてさっさと別れてしまえばいいと言ったのは私だけど、果たしてホントに良かったかはわからないの。でも、二度目の結婚でやっと尚ちゃんは穏やかな日常を手に入れたんだと私は思ってる。あなたには悪いけどね。」
と言った。
「そうだね。僕もそう思うよ。」

「でもね。もう一度会うと決めたのは尚ちゃんだし、あなたの事をこんなにも心配して思っていたという事は、私は手紙をもらうまで知らなかったの。一度は結婚して子供を授かった相手。嫌いだけの感情ははじめからあったわけじゃなぃものね。」
ハンカチをキレイにたたみ直しながら聡美は話を続けた。僕が聡美さんに会ったのは結婚式のことだったか。すでに結婚式の写真は自分の手元にはなくて、定かではないけれど、確か尚子に紹介されたような記憶がおぼろげながらある。僕達が離れて生活するようになったころ、彼女の家に行くと行って出ていったことを覚えている。僕が知る限り尚子にとっての親友とも言っていい存在だった。

ガサッと音がして、眼の前の氷の山が崩れた。青い氷が机にちらばって、よっくんは、
「あーあ、倒れちゃった。」
と悲しげに呟く。
机にこぼれた氷はみるみる形をかえ、青い液体となって机にはりついていた。
こぼれた氷を少しでも、救出したくてよっくんは、こぼれた水から氷の粒を拾い出そうと必死になっていた。

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