【掌編小説】未来のおれ、過去のおれ

「どうだい、おまえが思い描いていた姿とは全然違うだろ」
「いや、毎日必死で仕事してるから、40年後の自分なんて想像したことがない。そんな暇もない。」
「少しはあるだろ？」
「あぁ、露天風呂がある一軒家を建てたいって思ったくらいかな」
「そんなことを聞いてんじゃないよ。仕事とか、家庭とか、暮らし振りとか」
「それ、聞いてどうするんだい？」
「どうもしない。ただ聞きたいだけだ」
「それじぁ、言ってやるよ。社長になって運転手付きの高級車を乗り回して、毎晩ステーキや寿司を食べて、何不自由なく暮らしている、そんな想像をしてた」
「そうかい、やっぱりそうだよな」
「傷ついたか？」
「いや、わかってたことだ」
「自分の若い頃に思ってたことだから、わかって当然だよな」　
「絶望したか。悪いなぁ、想像とは全然違ってて」
「あんたはおれの未来の姿だ。おれにも否がある。でもな、若い頃の自分にそんなに謝らなければいけないような人生を送ってきたのか？」
「いや、おれなりに懸命にやったさ。でも結果が伴わなかった。しがないサラリーマンで一生を終わらせてしまったよ」
「それならそれでいいじゃないか。謝らなくても。家族守って、必死に生きたんだろ。立派な生き様じゃないか」
「あぁ、地を這いつくばるように生きたさ。ただおまえの期待に応えられなかったことを謝ってるだけだよ」
「おれもそんなことはわかってるよ。おれなんかかが社長になる器じゃないし、そんな夢、叶えられるわけないよな。ただせめて自分の生き様に胸を張ってくれよ」
「さっきも言ったが無我夢中で生きてきたさ。しかし胸を張れるような生き方だったんだろうか。おれにはわからん」
「そうだよな。自分の人生観を押し付けがましく語ってくるようなやつって、逆に信用できないよな」
「ふっ、生意気なことを言いやがる」
「未来のおれは、せめて信用できるやつになってたってことか」