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【短編/恋愛】私は“水女(みずおんな)”

 私は前世、水だったのかもしれない。流れるように受け入れて、流れるように物が去っていく。
 大体、私は相手の話を聞いていた。一人目の時も、二人目の時も、三人目の時も……いつも話を聞いていた。
 一人目からは、常に通話を迫られていた。寂しいからだとか、自分を認めて欲しいのか、沢山自分の話をしていた。私は時間を犠牲にして、その人に合わせていた。
 二人目からは、自分を認めて欲しいのか、沢山自分の話をしては女の影をチラつかせていた。傷付きながらもなんでもないように装うのが辛かった。
 三人目からは、辛い経験をしたのか沢山自分の話をしてくれた。その気持ちは理解できるので、話を聞きたかった。その後は流れるようにお付き合いをした。

……共通点、三人は私に興味が一切ないところだ。私も相手の話だけでなく、自分の好きな物、好きな事を話してみたが、軽く流されていた。「あぁ、興味がないんだ。」と思い、話題に出さないようにする。
 興味がないものを話し続けても周りが引いていくだけ、それは恋愛だけでなく人間関係全般にも言える。相手が自分の話をしているのに頷き、質問し、共感する。その三つをすれば相手は気持ちよくなり離れないのだ。
 私自身、全く興味がない訳ではない。相手の趣味に共感し“楽しい”と感じる時も沢山ある……が、やはり自分の好きな物も知って欲しいと思ってしまうのは、我儘なのだろうか。

 私は才色兼備ではない。普通以上の能力もなく、それどころか生まれつき心臓も弱く体力もない。さらには発達障害もあり、周りと同じように振る舞えない事も沢山……いや、ほぼあった。
 幼少期に幼稚園の先生から「この子は周りとワンテンポ遅れます。皆と同じクラスに入れても大丈夫ですか。」といった話をされたらしい。先生の意思に任せ、同じクラスで過ごしていた。
 小学生の頃も、何故こんなにも覚えが悪いのだろうと先生の話を全部聞く、全部流れた上に皆知らない内に移動しグループを作っていた。私は忍者ごっこと称してどこかに隠れていた気がする。
 話を聞き返すのが苦手だ。わからないなら聞けと言われ聞くと「話を何故聞いていない。」と怒られてしまうからだ。何度も聞かないと内容が入っていかない脳みそ、腹立たしくて辛かった。メモを取ろうとしても上手くいかず、相手が①の話をしているのをメモに書こうとしている時には既に相手は②、③の話をしているのだ。
 その内疲れてしまい、どこのタイミングかは覚えていないが、わかっていないのに頷くようになった。ただ笑って頷いていれば相手は納得する。とても便利だ。

──話を戻す。そういう生き方をしていたせいか、異性からは“話を聞いてくれる。大人っぽい、頼りになりそう。”といった風に見えていたらしい。つまりは、包んでくれるクッション、またはベッドといったところか、私はそれくらいの価値でしかないのかもしれない。
 今は縁が切れているが、元知り合いに以前、「何故恋愛が上手くいかないのか」と聞いたところ、「貴女は一見大人しそうに見えて、話を聞いてくれる落ち着いた女性に見えるからではないか」と答えられた。「多分ね、いざ付き合って見たらギャップを感じるんだよ。」と。
 いざ付き合ってみたらこの女、体力もなくとろい上、地図もろくに読めやしない。計算も沢山間違えて周りがいらついては「あぁもういい自分がやるっ」と誰かが必ず諦めてしまう。
 それがわかっているから、相手が苛立たないように事前に“チケットや物はこちらが用意する。その代わり、道案内や計算は苦手なので頼もう。”という適応スタンスにする。そうすればスムーズにいくからだ。しかし、何も知らない者からしたら人任せもいいところと見えても仕方がない。
……案の定、相手は不満だったようだ。しかし自分でやろうとすればそれはそれで「何故そんな事もできない。」と呆れられてしまうのも見えていた。
「なんでそんな事もわからないの。」「普通でしょ」「話を聞いていないの?」「いくつだよ。」「なんでさっきやれた事ができない?」「あぁもういいや」
──過去の人達からの言葉が、脳内に響く。痛くて、涙が出る。夜、私は泣いた。胸が締め付けられる感覚、自分は普通ではなかった。普通じゃなかった。普通ってなんだろう。普通とは、普通……。
 男性は、何故私に対し“普通”を期待してくるのだろう。理想像と違えばすぐに熱が冷めていく。彼等は私にどんな理想を浮かべていたのだろうか。勿論、女性として、服装も沢山悩んで選んでいたし、香水も付けていたし、髪型は変ではないかと悩みながら気を使っていた。他にも自分なりに試行錯誤をしていたが、男性からは見られていなかった。少し寂しかった。
 期待に添えたくて、相手の言った言葉を自分なりに沢山考えていても「何故そうなる?」「そうじゃない」「もういい」と考えを否定される。何が違うのかはわからないが、きっと違うのだろう。
 “大人”ってなんだろう。“普通”ってなんだろう。
 一言、「疲れたなァ」。私は水女(みずおんな)。

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