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いつもの廊下 第1話


ああ、やはり今日も息苦しい・・

 

僕は、車をいきおい良く駐車スペースに放り込んだ。

 

ブレーキの荷重を、まだ前に残したまま、キーを抜き、エンジンを切る。

そして、意味もない虚勢を張った勢いで車のドアを開けた。

 

ちょっと乱暴にふるまう事で、この息苦しさから

ほんのちょっとだけ、解放されるかも。

 

そんな風に思ったのだが、そうでもなっかた。

 

大病院の駐車場も、流石にこの時間帯になると空いている。

 

これは、ちょっとした救いである。

昼間であれば、空きのない駐車場をイライラしながら探し回る姿をずっと上から見られているような・・・

 

今日は、

カッコよく登場できただろうか?

 

今でも、9階の窓を意識してしまう・・

 

もうすぐ7時半だ

 

いそがないと

 

カラ元気と、カッコつけと、つくり笑いでエレベータに乗り込む。

 

 

ここ最近の僕は、油断するとすぐに、息の仕方を事を忘れてしまう。

常に自分で意識していないと呼吸ができない。 

 

 

苦しい

 

辛い

 

正しい呼吸を少しでもへこたれると呼吸困難になりそうだ。

 

 

すこし前から僕の自律神経は、機能していないのかもしれないな。

 

いつか、誰かに聞いた話。

心臓の鼓動と肺の呼吸の話。

 

この二つは、

神様が無償の働きで、人間の代わりに動かしてくれてるんだって?

 

なら、僕は、神様に半分見放されているのだろう

 

苦しい・・

 

けど、もう、そんな事もどうでもいい、

9階に着く・・

 

 

 

早く。

 

早く、何としても、

気丈な態度と強くて優しい笑顔を獲得しなけれればいけないんだ。

 

ゆるんだ口を閉じ、

歯をカチッとくいしばり、

覚醒した気持ちで目を見開く!

 

 

よし、大丈夫!

 

僕は、大丈夫だ。

 

 

そのまま、にっこり顔パスでナースステーションを通り抜ける。

 

いつもの事ではあるのだが、ナースたちが、

一斉に天使みたいな笑顔を僕に向けてくれる。

 

別に自慢している訳ではないのだけれど、

ここでの僕は、ちょっとしたヒーローなんだ。

 

嘘でもそう思いたかった。

 

まあ、同情の笑顔なのかな?

 

でも、この場合の同情は、何の役にも立たないから・・

 

 

さあ行くぞ!

 

とにかく早く、僕も、天使の笑顔をつくるんだ!

 

 

うす暗い廊下を進んで行く

毅然とした態度で進んで行く

 


どうか

今日は、いい日でありますように・・・

 

 

一番奥の一人部屋へ

 

吸い込まれるように入ってく。

 

 

 

そこには、最後の最後の痛み止め・・

 

モルヒネすら効かなくなって、激痛に、のたうち回わる末期癌患者。

 

僕の大好きな、妻の姿があった。

 

 

 

 

まだだ! 負けてたまるか・・

 

「ナースコール押さんの?」僕は、小声で言った・・

 

返事はなかった。

 

それでも、僕は、薄らでも笑いながら言う。

「今日も来たよ」

 

しかし、なぜだろう、

 

さっきまで僕を死にたい気分にさせていた息苦しさも、

胸を締め付けていた重苦しい何かも・・

 

 

なぜだろう、今は、もう、何もかも、

すっかり無くなっていて、すべての苦痛は無くなっている。

 

 

「・・いま・・さっき呼んでん」妻

 

「そっ・・そっか」僕

 

今思えば、この日のこの時は、いつもの弱っちい僕ではなかった。

 

不思議なくらい、得体の知れない何かに満たされていた。

 

分からないが、脳内麻薬でも分泌しているかのようだった。

 

 

ああ、神様もいよいよ僕に同情するんだ。

 

 

余命2週間の宣告から、数日が過ぎた日の出来事だった。

 

 

 

つづく・・

 

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