こみろんらびっと00/目指せ、こみらびますたー!
「物件。物件ねー」
キノモリさんは悩んでいました。
四月から、念願の一人暮らし。ワクワクの季節です。
ですが……
カレンダーは、二月二十二日。
引越しの手間を考えると、そろそろ決めなくてはいけません。
なのに、全然決まってないんです。
「いきなり、家なし生活は……やだなぁ」
やだなぁ、じゃなくて。
「車持ってるけど……車上生活ってどうなんだろ……」
だから、どうなんだろ、とか言ってる場合じゃないです。
なんとかしなくては。
「……ん? なんだろ、ここ」
『スモー!』という、物件を扱うサイトに、キノモリさんは登録しています。そこの、新着情報です。
『1DK、7畳洋室・ロフトつき、一階、角部屋。都市ガス、バストイレ別。エアコン完備。家賃三.五万』
「おっ、いいないいな!」
まさに、キノモリさんの条件にマッチした部屋でした。
こういうのを待っていたんだよー。
キノモリさんは、呟きながら、条件を隅から隅まで確認します。
所在地もちょうど、住みたかった街である、越石にあります。完璧です。
「ただなぁ……」
この一文が気になります。
さっきから、見なかったことにしておいた、この一文。
『ペットついてきます』
「ついてきます……? ペットが……?」
可愛いものは好きです。大好きです。
なんですが……
「お世話……できる……かなぁ」
ネコちゃんとか、ワンちゃんとか、お世話が大変です。
まぁ、とりあえず、問い合わせてみましょうか。話はそれからです。
「……あ、もしもし? はなまる不動産さんですか?」
**********
見学当日。
そこには、目を真っ赤にして、目の下にクマを作っているキノモリさんがいました。
不動産屋さんへの約束は取り付けたのですが、ペットのことを訊いてみても、どうも要領を得ないのです。
「ペットがついてくるってことなんですが、それってネコちゃんですか?」
『ええっと……。いやぁ、ネコちゃん……では、ない、んですよね~……』
「……? じゃあ、ワンちゃんですか?」
「ワンちゃん……でも……なくて……ね」
「? じゃあ、特殊なペットなんですか?」
「まぁ、来て頂ければ判りますよ。では!」
そんなこんなで、はぐらかされ。
とっても気になって、眠れなかったのです。
「あ、お待たせしました! キノモリさーん!」
スーツ姿の男の人と、気のよさそうなおばあさんがこちらにやってきました。
「こちらが『ひまわり荘』の管理人のヨシノさんです」
スーツの人に紹介されて、おばあさんが頭を下げます。
「よろしくお願いしますねぇ」
大家さんはすごく感じがいい方です。キノモリさんは、一目で、彼女を気に入りました。
「ここ、すごく家賃安いですよね……」
ヨシノさんは、手をひらひらさせながらニコニコ笑います。
「ウチね、家賃が安いのは、必ず、ペットを飼って頂くからなんですよー」
……おかしな話です。ペットを飼うと、家賃が安い?
キノモリさんが首を傾げると、ヨシノさんが、あらあら説明不足、と口元を押さえました。
「どこにも行き場のないコたちを、お世話してもらうの。そんなボランティアをして頂く代わりに、ウチは家賃が安いのよ」
なるほど。
キノモリさんがフムフム、と頷いていると、大家さんは鍵を取り出して、角部屋を開けました。
「ここの部屋のコは、ちょっと事情が特殊でねー……。まぁ、入ってちょうだいな」
彼女と、不動産屋さんに誘われて、キノモリさんは部屋の中に足を踏み入れます。
ペットがいるというのに、全然匂いがしません。
やはり、ネコちゃんなんでしょうか。
「ありゅとちゃん、ぴのちゃん。見学の人が来たから、いいこにしてねー」
可愛い名前。
キノモリさんはくすっと笑います。
「わかったじぇ!」
「はーいでしゅー」
「?!」
こ、こ、
「声が聞こえたー?!」
キノモリさんは、思わず、その場で三〇センチは飛び上がりました。
深呼吸して、くらくらする頭を片手で抑えながら、声のしたほうを見てみると。
全体で、五〇〇ミリリットルペットボトル位の大きさでしょうか。ぷっくりしててピンと立った、可愛いお耳が特徴的な、紫のコと、緑のコ。
二匹とも、お腹がまあるく茶色くて、手足の先が、身体の色よりも一段階濃い色をしています。
緑のコはつぶらな瞳、紫のコは三白眼。それぞれ特徴があるお顔立ちです。
な、なんて可愛いんでしょう。
緑のコが、てくてくと歩いて、こちらへやってきました。
「ここにすむんでしゅか?」
自分に訊いているんだと判って、キノモリさんはえへへ、と笑いました。
「まだ考え中なんだ」
「ぽくは、ぴのといいましゅ。よろしくでしゅよ」
可愛い喋りかた。
ああもう、このコに触ってもいいかなー? いいよねー。
キノモリさんは、ぴのに触れようとしました。
すると、紫のコが、ものすごい速さでやってきて、ぺちーん、とキノモリさんの手をはたきます。
「イタッ、なにするの?」
「ぴのにさわりゅなー!」
あらあら、このヒトのことも気に喰わないのかしら……。
ヨシノさんが、困った声を出して、ふぅ、とため息をつきました。
「このコたち、可愛いんだけど……。この紫のコ……ありゅとちゃんが、来る人をみーんな追い出しちゃって。それで、ここ、空き部屋なのよ」
ありゃ。このコが問題ありでしたか。
正直、結構、この物件を借りる気持ちに傾いてたんだけどな……。
キノモリさんは、うーん、と眉をひそめます。
すると。
ぴのが、ありゅとの頭をはたきました。
べちこーん、とかなりいい音がします。
「ぴのー! なにすりゅんだじぇー!」
「ありゅとはばかでしゅ。おおばか!」
すると、三白眼をうるうるさせて、ありゅとが手をぐるぐる回して抗議します。
「ぴのー! おおばかとはなんだじぇー! おりぇにあやまれー!」
「あやまりましぇん。おおばかだから、おおばかといったんでしゅ」
ケンカを始めてしまいました。
キノモリさんは、大家さんにヒソヒソ耳打ちをします。
「大丈夫ですよ。じゃあ、そうしてあげてくださいな」
OKを頂きましたので、リュックからお菓子を取り出し、二匹に差し出しました。
「ケンカはダメだよ。はい、お食べ」
「ひっく。だって、ぴのがー……!」
「ありゅとがわるいんでしゅよー!」
言いながらも、二匹はお菓子を一本ずつ取り出し、ぽりぽりと食べだします。
「う、うみゃーぜ!」
「おいしいでしゅ!」
「そう? よかった。これね、最近ハマってて、持ち歩いてるんだ」
パッケージには、『ガルビー あがりこ』と書いてありました。
「もしかして、このひと、おりぇたちのますたーだじぇ……?」
「そうでしゅね……。このひと、ますたーかもしれましぇんね」
「?」
苦笑しながら首を傾げるキノモリさんの手を、ありゅとが両手で掴みます。
あ、このコたち、肉球ある。ぷにぷにで気持ちイイ。
そんなことを思っていると、ありゅとがすごい勢いで問いかけます。
「なまえだじぇ!」
「な、名前……?」
キノモリさんがタジタジしていると、ありゅとは真剣な眼差しで続けます。
「なんていうんだじぇ!」
「キノモリケイ……です」
もう何事にも動じないかもしれないキノモリさんでしたが、やはり、少し及び腰。それを証拠に、こんな小さなコに対して敬語です。
「きのもりしゃん!」
ぴのも、キノモリさんの手を両手で掴みます。
「おれぇたちのますたーになってくりぇ!」
「ぽくたちのますたーになってくだしゃい」
その言葉を聞いて、大家さんはあらあら、と笑います。
「ありゅとちゃん、ぴのちゃん。ミニットモンスターの見過ぎよ~」
キノモリさんが盛大にずっこけます。
ミニモン? ミニモンって、あの、ゲームが世界的に売れてて、アニメにもなって、キャラクターグッズもすっごい売れてるヤツだよね?
ミニモン好きのペットってなんだろう。
思いながらも、悪い気分はしませんでした。
むしろ……
**********
「じゃあねー」
キノモリさんは家族に手を振り、自分の荷物をいっぱい詰め込んだ車に乗って、実家を後にしました。
あのあと?
キノモリさんはその場で契約し、今日から住み始めることになったのです。
軽自動車は、海の近くを走り、駅を越え。
見えてきました、新しい我が家。
『ひまわり荘』。
「ますたー!」
ありゅとのだみ声が聞こえて、ひまわり荘のほうを見ると、入り口の木の上にありゅととぴのが。
ブレーキをゆっくり踏み込んで、車を止め、キノモリさんは外へ。
「ますたー、いらっしゃいでしゅー!」
可愛らしいぴのの声が、キノモリさんを出迎えます。
「今日から一緒だよ、二人とも!」
キノモリさんが二匹に対して腕を広げると、二匹はぴょーい、と、その腕の中に飛び込みました。
この可愛い同居人たちと、キノモリさん。
一体、どんな物語を紡いでくれるんでしょう。
少し前の、お話です。
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