こみろんらびっと12/そうだ、温泉に行こう
「い、いくじぇ……?」
「いきましゅよ……?」
「頑張ってね、二人とも」
ありゅととぴのが、いつになく真剣な顔をして、「いっせーの!」で、なんだか丸い機械を回します。
ころん。
からんからんからん!
キノモリさんの目の前で勢いよく振られた鐘は、商店街中に鳴り響きました。とてもいい音です。
「福引き、一等出たよー!温泉旅行!大当たり~!」
周りにいた人たちが、おおーっと声を上げ、ぱちぱちと拍手を始めました。
「ぽへ?いっとうってなんだじぇ?」
「ぽへ?おおあたりらしいでしゅよ」
「すごい!すごいよ二人とも!これはね、一番いいヤツなんだよ!」
キノモリさんの言葉に、二匹の顔がぱあぁっと輝きます。
「ぷふー!ますたー、しゅごいじぇー!」
「ぷふー!ますたー、しゅごいでしゅー」
でも。
ますたー、と二匹に呼ばれたキノモリさんは、悲しそうな笑顔でふるふると首を振りました。
「いいです。それ、いりません」
その言葉に、周りの人はどういうことかだいたい理解しましたが、ありゅととぴのの二匹は状況を理解できず、えー、と声を揃えて 頬を膨らませました。
その声に、『おにくばたけ』で店番をしていた、ぱるなちゃんが飛び出してきます。
「こみろんらびっとは連れていけませんよね?例え片時でも、この子たちを置いて、そんなものに行くわけにはいきませんから」
「え、えぇ……?」
福引きの番をしていたお兄さんは、困り顔です。
ど、どうしよう?
ぱるなちゃんはその場面を見て、つかつかと歩み寄り、温泉旅行のチケットを屋台から持ってきて、まじまじと見ました。
「んーと、電話かけまーす!」
彼女はスマホを取り出し、旅館の番号をコールしました。
「あ、えっと。お世話になってます。はなまる商店街の者です。んーとね、りんご旅館さんのチケットね、ペットを二匹飼ってるヒトが当たっちゃってー……。うん、知らないと思いますけど、こみろんらびっとっていう、大喰らいのうさぎさんなのね。で、そのヒトが行け……行ける?ホントっ?ありがとー!はい、じゃあ、お世話になります!」
ぴっ。
ぱるなちゃんがキノモリさんのほうを向き、チケットを渡してVサインをしました。
「いってらっしゃーいっ!」
**********
ぷっぷー。
バスが、キノモリさんたちを降ろして、走り去っていきました。
ここはりんご谷。はなまる商店街と同じ県内の秘境です。
周りは温泉の湯気で、ふわり、とした雰囲気です。
「さて、ここからは歩きだね。ありゅと、ぴの。おいで」
「うぇーい!」
「はいでしゅ」
キノモリさんは二匹を上着のフードに入れると、てくてくと歩き始めました。
しばらく湯煙の中を歩くと、見えてきました、りんご旅館さん。
キノモリさんは扉をからりと開け、ちょこん、と顔を覗かせました。
「すみませーん」
「すみませんじぇ!」
「すみましぇーん!」
ありゅととぴのもそれを真似ます。
「あ、しばらくお待ちくださーい!ありゅふりぇちゃーん、お客様のお荷物お願ーい!」
奥からちょこちょこと出てきたのは、見知ったウサギ……。いえ、こみろんらびっと。
「ありゅふりぇっどさん!」
「ありゅふりぇっど!なにしてるんだじぇー!」
「ありゅふりぇっど!なにしてるんでしゅかー」
頭に紅葉を乗せたありゅふりぇっどは「ん?」と首を傾げて「はて……」と呟きました。
「あるばいと、なのだよ」
「あ、アルバイト……?」
訊きますと、「ん、そう」とありゅふりぇっどはキノモリさんの荷物を担ぎます。
「りょひがつきて、はなまるしょうてんがいにかえれない」
あ、はい。
「一緒に帰りませんか?っていうか、なんであの時一緒に住まなかったんですかー!」
「ぽくはぎんゆううさぎだから。せかいじゅうたびしないと、かっこつかないのだよ」
いや、カッコつけるとか、つけないとか、いいですから。
「ありゅととぴのが寂しがってたんですよー。大体、帽子だってウチに置きっ放しですし」
「うん、それもかっこつかないのだよ。だからほら、いま、はっぱのせてる」
あ、葉っぱ乗せてるのはカッコつけの為だったんだ……。
ありゅふりぇっどに案内されながら、キノモリさんが思います。
「ますたーしゃんごいっこう、ごあんなーい!なのだよ」
通されたのはかなり広い部屋。
そして、窓から見える紅葉も綺麗です。
この谷は、不思議の谷。一年中、紅葉が山を彩ります。
「ますたーしゃんがくるっていうから、いちばんいいへや、よういしてもらった」
ありゅふりぇっどは荷物を置きながら、ドヤ顔をしました。
「え、ありがとうございます!」
キノモリさんが喜びますと、どこからか持ってきた、こみらび印のがま口財布をぱかっと開けて、ありゅふりぇっどが悲しそうに呟きます。
「おかげで、ぽくのちょきんなくなったけど……」
「おまえ、あんがいばかだじぇ」
「ばかでしゅか、おまえは……」
ありゅととぴのが呆れました。
「おにもつ、ここにおいたのだよ」
「ようこそいらっしゃいました」
女将さんらしき方が、部屋に入り、挨拶をします。
「温泉と紅葉くらいしかありませんけど、ここの湯は湯治に使われるほど、良質ですのよ。どうぞ、ごゆっくり」
はい、ありがとうございます。
キノモリさんが笑いかけますと、彼女はキノモリさんに一礼、ありゅふりぇっどに向き直りました。
「ありゅふりぇちゃん、ありがとう」
「いえいえ、これはおしごとだから」
ありゅふりぇっどはドヤ顔で手を振ります。
「じゃあ、ありゅふりぇちゃん。またお仕事頼んでいい?」
「おまかせされるのだよ」
胸をとん、と叩いて、任せろポーズのありゅふりぇっどに、女将さんは笑います。
「この方たちと一緒に過ごしてくれる?」
「!」
ふふふ。
女将さんが笑いました。
「そして、一緒に帰ってあげて」
「ぽ、ぽく……くび?」
あわあわするありゅふりぇっどに、女将さんは違うわ、と優しく首を振りました。
「大切なお友達を待たせちゃダメよ、ありゅふりぇちゃん」
「たいせつな、おともだち……」
「この紫のコと緑のコ、ありゅふりぇちゃんを待ってたんでしょう?」
女将さんが言いますと、
「そうだじぇ!ずっーとまってたじぇー!」
「そうでしゅ、かえってきてくだしゃーい!」
ありゅととぴのが思い思いに叫びます。
「みんな……」
ありゅふりぇっどの瞳がウルウルと潤みます。
「わかったのだよ、かえるのだよ……!」
やったー!
ありゅととぴのが、キノモリさんのフードからぴょんと出て、ありゅふりぇっどに抱きつきます。
「じゃあ、ごゆっくり~」
キノモリさんは、見事にありゅふりぇっどを説得してくれた女将さんの姿を、尊敬の眼差しで見送りました。
ぱすん。ぱたん。
ふすまとドアが閉まった音が微かにします。きっと、彼女はあの優雅な動作で去っていったのでしょう。
「んーじゃ、とりあえず、温泉入りましょうか?」
「ここ、いちばんたかいへやだから、かぞくようのろてんぶろがついてるのだ」
えっへん、と胸を張るありゅふりぇっどに、キノモリさんは出発前にインターネットで手に入れた情報を話しました。
「って、それだけお金あったら、ここからはなまる商店街まで、贅沢してグリーン車でも帰れますけど……」
「なんと?!」
ああ、このコは……。
キノモリさんは何かに気づきましたが、気づかない振りをしてあげました。
「じゃあ、入りましょうか」
「まって。みんなのぶんのゆかたをだすのだよ」
ありゅふりぇっどはそう言って、クローゼットをパタンと開けて、大人用の浴衣を四枚出しました。
「……ありゅふりぇっどさん、人間用は一枚で構いません」
「なんと?!」
ああ、やっぱりネジが二、三本抜けてるんだ……。
さすがのキノモリさんでも、今度は気がつかない振りは出来ませんでした。
「こみらびようはさすがにないのだ……」
「作ってきました。替えもあるから、三人着れます」
キノモリさんが旅行用カバンから小さな浴衣を三着出します。
「さすがますたーだじぇ!」
「かわいいでしゅ!はやくきたいでしゅー!」
キノモリさんは全員分のバスタオルや浴衣を持ちますと、露天風呂のほうに移動しました。
「ふわぁ、すっごい眺め」
お湯を浴び、椅子に腰掛け、キノモリさんは身体を洗い始めました。
「みんなも身体洗ってー」
「ええーっ」
駄々をこねるのはありゅとだけ。
「はーいでしゅ」
「わかったのだよ」
ほかの二匹は素直に従い、石鹸を泡立て始めます。
「いやだじぇー!」
「こーら、ありゅと。逃げないのー」
キノモリさんがありゅとをむぎゅっと捕まえて、お湯を浴びせ、泡をつけ始めます。
「ぎゃぁああああ!おにーぃ!ますたーぁ!」
そりゃそうだよ、マスターって言い出したのありゅとたちでしょ。
キノモリさんは反論しながら、ありゅとを綺麗にしていきます。
最後に、自分ごと頭からお湯を被って、キレイキレイ完了です。
ほかの二匹は既にピカピカになり、湯船の淵で待っています。
キノモリさんは、大きな木製の桶に温泉のお湯を入れると、湯船の淵に置きました。
「はーい、みんな入っていいよー」
ぽちゃん。
「はーあ、いいおゆでしゅねー」
素直な感想を言うのがぴの。
ぽちゃ。
「うん。このおゆは、あるかりせんの……」
薀蓄を言うのがありゅふりぇっど。
ぼっちゃん!
「ぷふぃー!」
妙な声を上げるのがありゅと。
キノモリさんも、湯船に浸かります。
あ、いいお湯。
「生き返るなぁ……」
近くの渓谷には、咲いている、という言葉が相応しい紅葉が存在しています。
散っても散っても、生えてくる葉は紅葉のこの谷。
つやつやとしたりんごの赤さに似ているその紅葉から、付けられた名が『りんご谷』。
そのあと、地名がりんごの名を冠しているんだから、と、最南端のりんごの栽培が始まったのですが……それはまた別の話。
瑞々しい紅葉なんて、初めて見ました。
「熱燗きゅっとやりたい気分……」
キノモリさんがぽけーっと呟きます。
すると、ありゅふりぇっどが湯船から上がり、濡れた身体を拭いて、浴衣を着ました。
「ぽくがよういしてくるのだ」
すたこらさっさー!
猛スピードで走り去っていくありゅふりぇっどに一抹の不安を覚えましたが、せっかくの好意です。甘えましょう。
普段のお風呂嫌いなんてなんのその、木の桶の中を泳いでいるありゅとを眺めながらしばし待つと、ありゅふりぇっどがお盆に載せた熱燗やジュースを手に戻ってきました。
「ささ、ますたーしゃん」
「わぁっ、ありがとう!」
肌寒い中、露天風呂に入りながらちょっと熱燗、なんて。なんて贅沢でしょうか。
でも、その前に。
「これ、みんなの分でしょ?注ごうか?」
「あ、これはぽくたちがかってにやるから、ますたーしゃんはますたーしゃんのぶんをたのむのだ」
ありゅふりぇっどが、ありゅととぴのにジュースを渡します。名物のりんごジュースのようです。
缶をぷしゅ、と開ける音が三つ聞こえました。多分、女将さんが開けやすく爪を立てておいてくれたのでしょう。
「おいしいでしゅー」
「うみゃいじぇー!」
「ここのりんごじゅーすはさっぱりしていて、さいこうなのだよ」
みんなが飲んだのを確認してから、キノモリさんもお猪口に熱燗を注ぎ、くいっと飲みます。
美味しい。とても飲みやすい日本酒です。
「おんせんはいいのだよ……」
「さいこうでしゅね」
「おりぇ、おんせんなら、まいにちはいってもいいじぇ!」
現金だなぁ。
キノモリさんはそう思いながら笑いました。
この日は、かれこれ五回は温泉につかったでしょうか。
とてもゆったりして、充実した一日でした。
**********
次の朝。
バス停まで、女将さんが見送りに来てくれました。
「ますたー、もうかえるんだじぇ?」
「そ、もうおしまいだよ。あっという間だったね」
「えー。おふりょ、よかったでしゅのに……」
「またみんなでこようなのだよ」
「そうそう。またいらしてね」
女将さんはしゃがんで、ありゅふりぇっどとハイタッチしました。
「ありゅふりぇちゃん、お仕事お疲れさまでした」
「おかみさん、おせわになりましたのだよ」
バスが見えてきました。あれに乗って最寄り駅まで、そこからは電車で帰ります。
たった一日ですが、懐かしいはなまる商店街へ。
新しい家族を連れて。
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