短編小説「あるとき月が目にした話によると」第五夜
第四夜
第五夜
「あなたは、それぞれマネーとタイムと名乗る者が現れたら、どちらと友人になりたいですか」
月というものは、いつだって難題を運んでくるものです。
「どちらも、という答えはよくないですよ。この手の問いには、どちらか一方だけを答えるのが鉄則です」
諭されることを知りながら、あえてわたしはこう尋ねました。
「月よ、あなたはどちらを選ぶのですか」瞬きをせずに見つめていると、月も同じくぴたりと体の輝きを止めました。
「では、ひとりの少女のお話をしましょう。この少女は、隣町へ行くための近道を知っていました。それは森の中を抜けてゆくことでした。元来この森は、ある一部の人のみが立ち入ることを許されていました。それは狩人たちです。この森には狼が多数生息しており、子どもはもちろん、大人でさえ安易に足を踏み入れるのは危険とされていました。それを知りながらも少女は、いつも森の中を通り抜けていたのです。それほどまでに急がなければならない理由が少女にはありました。彼女にはつねに時間が足りなかったのです。ですから森の中でさえも駆け抜け、駆け抜け、隣町を目指していました。
この日も少女は、隣町へ行くために森の中を歩いていました。そもそもなぜ隣町へ行かねばならぬのかと申しますと、それは市場で花を買うためでした。少女の暮らす町よりも一周りほどでしょうか、隣町の市場は大きく、活気がありました。少女は自分の長くて美しい髪を飾るための花を探していたのでした。そうすれば若いハンサムな紳士に出会えると、本に書いてあったというのです。
いつも通り少女が森の中を駆けていますと、どういうわけか、突然道に迷ってしまいました。森の中というのは、大変迷いやすいものです。似通った木々に、同じような景色が続きます。そしてそれはあっさり姿を変えるのです。そう、少女がいつも通っていた道は、昨晩の大雨により、すっかり別の形になっていたのです」
気づけばわたしは窓を開け、外へ顔を出しながら月の話に聞き入っていました。月は満足げに話を続けました。
「あら大変、どうしましょう───少女はひとり、森の中で困り果ててしまいました。とはいえ、誰も助けに来てくれるはずもありません。来た道を戻ろうにも、雨に濡れて柔らかくなった土では、どれが自分の足跡なのかよくわかりません。しかしこの少女は聡明でありましたから、こんなことで嘆き悲しむようなことはしません。
少女はただひたすらに少しでも明るい方へと歩くことを決めました。そうすればいずれかの出口が見つかるだろうと、そういう考えですね。けれど、このあと少女がこの森から出てきたところを見た人は誰もいないというのです。いまでも少女はただひとり、森の中をさまよい歩いているのでしょうか」
月の話はここで終わりました。彼はとてもずるい生き物ですから、決して答えは言いません。話を終えると、すぐさま雲の後ろに姿を隠し、それきりこの晩は現れることはありませんでした。
この晩、わたしはこの少女の夢を見ました。そこでは少女はたくさんのお金に囲まれながら、せわしなく生きていました。それは息をつく暇もないほど、寝る暇もないほど、ひたすら時間に追われている姿でした。なぜ追われているのかはわかりません。けれど、そこでわたしはこう思ったのです。
この少女はきっと、迷った森の中でタイムと暮らすことを選んだのだと。そこで彼女がゆっくりと息をつくことができているのであれば、それは素晴らしいことではありませんか。このとき少女には花を買い、素敵な紳士と出会うための準備をするだけのお金はすでにあったのですから。
第六夜↓
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