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短篇小説「小さな村のバクのおはなし」

その女の子は大きなベッドの上で、小さい体をうんうんと震わせておりました。
「ああ、かわいそうなお嬢さん。ぼくが助けだして あげましょう」
そうして小さなバクは、長い鼻を女の子のおでこにそっと乗せました。
するとたちまち女の子はスーッと静かな寝息を立て始めました。
「よかった、よかった。ぐっすりお眠りなさい」
そう言うとバクは、窓から静かに外へと抜け出していきました。

この村では、バクは大変重宝されていました。なんと言っても、悪夢を食べてくれるというのですから。
けれど、最近こんな噂を耳にするのです。
“バクの数が足りなくなっている、このままではすべての悪夢を食べてもらえなくなるだろう”
村の住人たちは、頭を抱えました。どうにかしてバクの数を増やさなければなりません。

ところで、なぜバクの数が減ってしまったのか。それには二つの理由がありました。
もちろん一つ目は寿命。これはどうすることもできません。問題なのは二つ目です。
たくさんの悪夢を食べたバクは、しだいに体中が紫色に染まっていきます。そして全身が紫色に染まると、もう悪夢を食べることができなくなるのです。
そして彼らには、悪夢を食べすぎたことによる、体の不調がでてきます。間違って悪夢を道端に吐き出してしまうこともあります。
それでは村の人々が困ってしまうということで、紫色のバクたちは、最期の時を迎えるまで、ある施設へと送られていきます。一度そこへ入ったバクは、二度と外の世界へ出てくることはありませんでした。

ある日、頭を抱えていた村人たちに、どこからともなく朗報がやってきました。なんと、村のあちらこちらにバクが増えているというのです。
理由もわかりませんから、はじめこそ疑っていた村人たちでしたが、一日、二日、一週間、一ヶ月、一年と時間が経つに連れ、そんな疑いも忘れていってしまいました。そのくらい、バク不足は深刻だったのです。
村に溢れるほどやってきたバクたちは、これまでのバクのように、夜になると悪夢を食べて回りました。
バクたちは、この村の人たちのことが大好きでした。それはそれはとても優しくしてくれ、子どもたちは一緒に遊んでもくれます。きちんとした立派な家もあり、生きていくのに苦労はしません。だからこそ、彼らは必死に村人たちの悪夢を食べて歩くのです。

ちょうどそのころ、ひとりの青年が施設へと足を踏み入れていました。
「ああ、ニンゲン様。ここに立ち入ってはいけません。悪夢を植え付けられてしまいますよ」
受付を担当しているバクがそう言います。もちろん彼も紫色です。
けれど青年は、そんなバクに耳を傾けることはなく、ずんずんと奥へと進んでいきました。
施設の中は病院のようになっており、三匹から四匹ずつが一部屋にまとめて入れられていました。
その多くは、すでに老バクでしたが、中にはまだまだ現役のバクもいました。

青年にはどうしてもやり遂げなければならないことがありました。それは父に強く命令された、村長になるということ。
青年にとって父は絶対的存在。何があっても逆らうことなど許されません。けれど、村長になりたいとねがう男たちは青年だけではありませんでした。
力に自身のある屈強な男や、秀才な男、そして端正で美しい男など。青年はただひょろりと背が高いだけで、なんの取り柄もありません。けれど、彼は決して負けるわけにはいかなかったのです。だって、村長になれなければ、彼に命はありませんでしたから。

とうとう青年はやってしまいました。
深刻なバク不足に悩んでいると聞きつけた青年は、なんとかして紫色のバクたちを村に解き放とうと考えたのです。
そして青年は施設に忍び込み、紫色のバクの中から、現役の世代のバクたちを集め、全身に白い粉を振りかけたのです!
すると何ということでしょう、紫色のバクたちはまたたく間にもと通り。これでは一体どれが紫色のバクだったのか、誰にも見分けはつきません。
紫色のバクたちは、ふたたびニンゲン様の役に立てると大喜び。青年も、これで父に命を奪われずに済むかもしれないと安堵していました。

村に解き放たれたバクたちは、せっせこ働きました。悪夢を食べようと、家々を回りました。けれど、一向に悪夢を食べることができません。
はじめこそ一個や二個、飲み込むことができましたが、それも長くは続きませんでした。
青年は、村人たちから多くの支持を受け、望み通り村長になりました。けれども、彼の心は一向に晴れません。いつもどこか怯えている様子です。
それはバクが悪夢を食べてくれないからでしょうか。いいえ、彼は答えを知っています。
呆気なく村から逃げ出した青年は、いまもどこかで、ただひとり嘘をついた自分を罵りながら生きているのでしょう。
バクたちはどうしたかって?
悪夢を食べられないと気づいたら彼らは、村人たちに謝り、自ら施設へと帰っていきました。結局村にはふたたび深刻なバク不足が訪れ、呑気に生きているのは、青年の父、ただ一人となりました。


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