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短篇小説「あるとき月が目にした話によると」第三夜

第二夜


第三夜


「あなたは本物のお金持ちを見たことがありますか」
月はわたしの部屋にやってくるなり、そう尋ねてきました。
 本物の、という形容があると途端にむずかしくなる質問です。単なるお金持ちでは、街を歩いていればそれなりに見かけるものですからね。心が綺麗であれば本物になれるのか、それとも何かを奪うだけの根性があれば本物になれるのか。ですからわたしはこう答えるしかありませんでした。
「”お金持ち“はたくさん見ますよ、この辺り一体は、とくにね」
すると月はこんなお話を聞かせてくれました。たくさんの物語があったなかでも、このお話はとくに気に入っているものです。

「ある国の王さまは、それはたいそうお金を持っていました。一国の主ですから当たり前ですね。毎日、金でできた皿に盛られた朝食を口にし、金でできた玉座に座り、金でできたベッドで眠るのです。もちろん、とても高価な絹の衣装をまとい、金の装飾もつけています。けれど、王さまはいつも険しい顔をしていました。彼はこの座を奪い取られることに怯えていました」
月も合わせて険しい顔をしたのでしょうか、彼の顔に一瞬の陰りが見えました。そして、こう続けました。
「その国に住む一人の青年は、まったくと言っていいほどお金がありませんでした。生まれた家が貧しかったのです。雨漏りのする小さな小屋に住み、藁を重ねたベッドでねずみとともに眠り、泥にまみれた服をまとっています。青年は靴磨きの仕事で生計をたてていましたが、それはいまにも崩れそうなほど、わずかな収入にすぎません。けれど、青年はいつも凛とした生きた目をしていました。彼は芸達者で、周りにはいつも人が集まってきました」
月は続けます。
「その国に住むべつの女性は、それなりにお金を持っていました。とても裕福なわけではありませんが、けれど何不自由なく暮らせる程度には持っています。壁も屋根も扉もあるアパートに住み、浮気性のパートナーを持ち、会計事務所の秘書として働くだけの頭脳があります。毎晩、女性のもとへ帰ってくるパートナーからは、ほかの女の匂いが漂ってきますが、それを問い詰めるだけの心は持っていません。彼ら三人の違いはなんでしょうか。あなたはそのどちらになりたいですか」
そこでわたしは正直に答えました。
「どちらにもなりたくないですね。わたしは、いまのままで十分です」

 月は満足そうに部屋全体を明るく照らして、それからそっと立ち去りました。


第四夜↓

短篇小説「あるとき月が目にした話によると」

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