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短篇小説「洗濯屋の少女」

 おそろしく雨の多い一日でした。空は一面厚い雲に覆われ、町にも暗くて重たい空気がのしかかっていました。そんななか、少女は窓から外を眺めておりました。
「ああ、わたしにもあんなふうにおどけ回るところがあったら良いのに」
 少女は薄汚れた袖丈の足りないブラウスに、小さな前掛けをつけていました。髪は左右二つに結ってありましたが、決してきれいとは言い難いほど、艶がなく傷んでいました。そんな少女の目にはこの大きな雨粒が、たいへん楽しそうに映ったのです。それもそのはず、この少女は毎日毎日、洗濯屋のおばさんにぶたれながら仕事をしなければならなかったのです。少女の家はたいへん貧しいものでしたから、そうして一シリングでも多く、稼がなければ生きてはゆけないのです。
 少女は遊びたくてたまりません。まだまだ幼い子どもですものね。けれどそのためには、洗濯屋のおばさんから許しを得なければなりません。
「そんなところで突っ立っていないで、さっさと手を動かしな。本当にいったいいつになったらまともに働けるようになるんだね」

 またある日は、とてもよく晴れた一日でした。けれども、昨晩はやはり大雨でしたので、地面がよく濡れていました。そのころ、洗濯屋のおばさんは夫を亡くし、ずいぶんと年老いてしまいました。目もよく見えず、耳もよく聞こえていません。
「よく働きな。ほかのところへ行ったって、あんたみたいな役立たずを使ってくれるところなんてないんだから」
「ええ、もちろん」
洗濯屋のおばさんは、変わらず口だけはよく動いておりました。
 少女はいつものように、よく働きました。それはもう本当に、よく。けれども、その働きを見てくれる人はいません。だって、洗濯屋のおばさんはもうほとんどなにも見えていないのですから。
 ひととおり仕事を終え、一日の片付けをしていますと、足元に大きな水たまりができているではありませんか。少女が上を見上げると、天井に小さな穴が開き、そこから雨漏りがしているようでした。
「あら、ずいぶんとひどい顔をしているのね。あなたもわたしと同じ洗濯屋なのかしら」
少女は、水たまりに映った自分に話しかけました。
「あなたとだったらわたし、よい友達になってあげてもよくってよ。だってほら、本当によく似ているもの」
もちろん少女にだって、ここに映るものが自分自身であることくらい知っていました。それでも彼女にはこうして気楽に話せる相手が必要だったのです。少女はこの子と友達になることに決めました。
「おばさんはこの雨漏りには気づかないでしょうね。目も耳も、すっかり悪くなっているのだから。あなたが消えずにここに残っていてくれることを祈るわ」
 次の日も、また次の日も、少女のあたらしい友達はそこにいました。少しずつ水たまりは小さくなっていましたが、それでもまだ十分に少女が覗き込めるだけの大きさがありました。少女はよりいっそう働きました。自分がきちんと働いてさえいれば、あたらしい友達が逃げてしまうことはないと信じていたのです。

 あくる日、少女がいつものように洗濯屋に働きにいきますと、見知らぬ男がいました。
「さあすっかり良くなりましたよ。これでその怠け者の少女だってうつつを抜かすことはなくなるでしょう」
そう言うと、その男はすたすたと洗濯屋を後にしました。少女はざわざわとした胸騒ぎを抱えたまま、あたらしい友達の待つ部屋へと急ぎました。
「あんた、いつもそんなところで何をしていたんだい。さっき来たお客さんが雨漏りをしているって教えてくれたよ。お前さんはそんなものも直せないのかね」
やっぱりです。少女はうわっと泣き出し、その場を走り去りました。後ろでおばさんがなにやら叫んでいましたが、もう少女の耳には届きません。だって、そのくらい大きな声で泣いていたのですから。
 せっかくのあたらしい友達を失ってしまった少女は、それはもう悲しみに暮れました。たったひとりで洗濯屋を回し、ゆいいつのこころの拠り所を見つけたはずだったのに、なんて可哀想な子なんでしょう。
 少女は大粒の涙を流しながら、町を走り抜けました。これほど悲しい目にあっても、貧しい姿をしているというだけで、優しい声をかけてくれるものは一人もいません。少女はたったひとりで、この悲しみを抱えなければなりませんでした。

 ずいぶんと遠くまで走ってきてしまったようです。泣きつかれた少女がやっとの思いで顔をあげると、そこは町のはずれのさらに先にある、大きな森の中でした。
「こんなところまで来てしまっただなんて、わたしも困った子ね」
そう言いながら、少女は一本の木の下に腰掛けました。
 するとやはり友達を奪われた寂しさに襲われてしまいました。せっかく泣きやんだというのに、また涙を流さずにはいられなくなってしまったのです。今度は声も上げずに泣きました。
 少女は涙が枯れてしまうまで泣いてしまおうと思いました。けれどもたいへん困ったことに、今度はいつまでたってもその涙が止まらなくなってしまったのです。拭えど拭えど涙は溢れるばかり。気づけば少女のまわりには大きな水たまりができてしまいました。
 どうすることもできず少女は立ち上がりました。するとどうでしょう、少女がつくりあげた水たまりから、いなくなったはずの友達がすっと浮かび上がってきたのです。
「ああ、こんなところにいたのね!ずっと探していたのよ」
少女は嬉しさのあまり、飛び跳ねました。するとやはり友達も飛び跳ねます。少女が嬉しそうにすればするほど、友達も楽しそうに笑い返してくれます。少女は涙を流したまま、ひとしきり楽しみました。

 すっかり夜も更け、暗く静かな森が訪れました。少女はもう二度とあたらしい友達を失くすまいと、永遠に涙を流し続け、ついには大きな池ができてしまいました。
 もう少女の姿はどこにも見えません。それでもこの池はどんどんどんどんと大きくなります。人々は、少女は池に溺れてしまったんだねと言いました。けれど、この少女がどれほど素敵なあたらしい友達を見つけたのか、また、どんなにかあたたかい気持ちに包まれて沈んでいったのか、ただのひとりとして知るものはいなかったのですよ。


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