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41.歌が降ってきた

真夜中の3時、私は急に目覚めると、「そうだ作曲しなくっちゃ」と言い ながらムクリと起き上がりました。今でもはっきりと記憶しています。今から約十年前、ちょうど東日本大震災の起きた年の1月の事でした。

不思議世界では、自動書記と言って無意識の下に手が動いて文字を書くことがあります。だいたいその事が伝わるのは、宗教が多いです。それから教祖様になって教団を作ってきました。

私の場合は教祖様になるようなことは降りてきませんでした。まあ、完全無意識の下でメッセージが降りたことはありましたが、その内容に関してはお話しすることはできません。それこそ、神からのメッセージで、神事をしている知り合いに降りた個人的な内容だからです。それを紹介すれば、私が神の使いのように見えてしまうかもしれないからです。

まあ、そんな体験をしている中で、歌が降りてきたのは初めての事でした。はっきりと自分の行動はわかっているのですが、それを行っている時に何の不思議も感じないのです。まさしく複数の魂が宿り、チェンジして肉体を支配している状態だと思います。

歌詞は何の迷いもなくスラスラと書いていきます。それもメロディーと共に口ずさむのです。自分の口から聞こえてきた歌詞を書いている状態でした。頭の中に歌詞が浮かぶというより、口から勝手に出てくる言葉を書いていました。

それも、1番2番と書いて、更にサビのようなことを書いたところで、「さあ寝よう」と言って布団に潜り込んだのです。それでも何の疑問も感じずに、すぐ寝付いてしまいました。それでお終いかと思ったら、次の日の朝、私は目が覚めると、また起きて今度は3番の歌詞を書いたのです。

それでも自分がおかしいとか、不思議だと思っていなかったのが不思議です。いつからそれが不思議だと思うようになったのかは覚えていません。今こうして振り返ると不思議以外の何ものでもないと思います。

今これを書きながら気づいたのですが、その瞬間は百パーセント自分だと意識している状態です。こうしてはっきり記憶しているわけですから、人生振り返ると「何であの時、あんな行動をとってしまったのだろう」と思うことが多々ありました。皆さんもそんな経験があると思いますが、それで道を間違えたと感じた時それは違う魂の行動だったのかも知れないのです。つまり、人生の進む方向を強制的に変えられた可能性があると今気付きました。

気付きが遅いですよね。人生であんな行動しなければよかったと後悔して、自分が決めたのだから責任は自分にあると、自分を攻めることもありました。でも、この世は体験の世の中だと思えば、体験させるために、無難な道を選ばせないように仕組まれたと考えることもできます。

人生悩みは尽きないものです。でも今私が書いたことを知っただけでも、人生の生き方が変わるかもしれませんね。魂は複数であり、すべて自分として行動するとわかっていれば、反省の気持ちも和らぐことでしょうし、悩みは半減するかもしれませんね。

その歌詞には曲が付いていました。それは歌詞を書き始めるとすぐ気付いて、当時はテープレコーダーに録音しました。後でテープを聴き返しながら、篠笛の譜面に書き起こしました。

今そのテープを再生しようとすると、テープが機械の中でからまってしまい聴くことができません。無理するとテープが切れてしまうかもしれないので、新しいテープレコーダーが手に入ったら、また再生してみようと考えています。

歌詞の内容は、昔の伊達政宗公の娘の五郎八姫様が書かれた内容だと判断できます。現代では考え付かない話になっていて、ああ、当時の人はそう呼んでいたんだと、気づかされる内容になっています。教育に携わっている方や、歴史に興味を持たれている方であれば、どこにも書いていない内容ですので、面白いと思います。

それは次回、有料ノートになりますがお話しさせていただきます。今日も読んで下さりありがとうございました。感謝しております。

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