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小説:俺にだってこんな日があっても。

 師走の夜気は身を刺すように冷たい。
 どこもかしこもチカチカとまぶしい電飾が点滅していて、普段から憂鬱な気持ちを余計に沈ませる。
 不自由になってから何十年たっても寒さに痛む足をひきずりながら、いつもの公園のベンチまで歩き、空を見あげた。
 寒くて風が強い日は、星がきれいなことよ……。
 東京のくせにそれなりに美しいと思えてしまう夜空に舌打ちをして、よっこらしょ、と声にだして座る。年のせいか、最近は腰も痛い。木製のベンチは金属のように冷えていた。

 ここの公園も先週ついにテントが撤去されてしまった。今夜はどこで寒さをしのごうか。

 俺はさっきコンビニで買った百円のメロンパンをビニールから出し、ひとくちかじった。安売りされていただけあって、ずいぶんボソボソしている。缶コーヒーでもあれば御の字だけれど、あいにくその出費は懐が許してくれない。どこも景気が悪いらしく、最近は日雇いの仕事も少ないのだ。あったとしても、若い奴が先に採用されてしまう。そりゃあ、当たり前のことだから、いちいち腐ってもいられない。
 ふと視線を転じると、公園の貼り紙が目についた。来週、炊き出しがあるらしい。あたたかい豚汁を思い浮かべたら、腹がぐうと鳴った。来週まで待ってろ、とかじかんだ手でさすり、残りのパンを飲み込んだ。
 若いカップルが楽しそうに話しながら公園を横切っていく。女の方が男の腕にぶらさがるように絡んでいた。
「いいよなあ……」
 人肌なんて、いつから触れていないだろう。
 そっと腕を組み、両手を脇の下にはさんで自分であたためた。
 
 そろそろ本気で今夜の寝床を探さないと、凍死しちまうな……。
 立ち上がり、公園から出ようと歩き出す。何気なく落とした視線の先に、黒っぽい板状の何かがあった。
 首を突き出すようにして目をこらすと、どうやらスマートフォンのようだ。俺は興味をそそられ、砂利の上に無造作に置かれているスマホを拾う。ざらりと砂っぽい。
 電源ボタンを押すと、液晶が場違いなほど明るく灯り、一瞬目がくらんだ。初期設定のままのような無機質な画面にロックはかかっておらず、アイコンをタップするとそれぞれの機能が使えるようだ。充電は、57%も残っている。
 この公園は、駅から住宅街へ向かう近道だ。さっきのカップルみたいな男連れか、仕事帰りの会社員くらいしか通らない。
 どっかの誰かの使えるスマートフォン。俺は、つい口角があがるのを我慢できなかった。

 まずは、ウーバーイーツだ。
 配達先を公園に指定して持ってきてもらえることくらい、俺だって知っている。ホームレス仲間の新入りが、少しの期間だけ配達員をしていたときに教えてくれた。そういえば、あいつはお客さんに運ぶはずの料理を自分で食べて、クレームを入れられていたな。
 あいつ今頃何してんだろう、と顔を思い出しながら画面を見ていると、やたらチキンやケーキをすすめてくる。
 そうか……世の中はクリスマスなのか。チカチカした電飾は、クリスマスのイルミネーションか。いつから俺は、そういう行事と無縁になってしまったんだろう。
 
 足のケガをしたときか?
 そのせいで仕事をクビになったときか?
 それとも、離婚したときか?
 
 わからない。いつから道をそれてしまったのかなんて、もう関係ない。ただ、今の俺には魔法のような他人のスマホがあるだけだ。

 せっかくだから高いものにしよう……と思っていたのに、ふいに画面上にあらわれた牛丼に釘付けになる。仕事を失くしたとき、嫁さんと最後に外食したのは牛丼だった。俺は唇をかみながら、牛丼の大盛りを注文した。

 次に、Amazonのアイコンをタップする。
 コンビニで荷物を受け取れることくらい知っている。まずは、寝袋か? とにかくこの寒さを乗り切らなきゃ死んでしまう。あとは、そうだ。新しい靴下も買おう。うすっぺらくて穴のあいたやつは捨ててしまおう。セーターもほしいな。あとは……
「いや!」
 違うだろ! と思いついて声を出してしまった。慌てて周囲を見渡す。幸い、公園には誰もいない。
 違う違う。俺に必要なのは、寝袋でも新しい靴下でもない。金だ!
 高い買い物をして転売すればいいんだ。すぐに転売できそうな、かさばらない高級品……なんだろう。
 しばらく考えてようやくひらめいた。
 腕時計だ。
 俺は「腕時計 高級」で検索し、目についた順にバンバン購入していった。受け取りはもちろん近所のコンビニ。
 俺、冴えてるかも。ていうか、ロックされていないスマホ拾った時点でラッキーだよな。嫌なことばっかりの人生だけど、いい加減、神様も少しは憐れんでくれたかな。クリスマスだし。
 すまんな、持ち主。
 年の瀬に不運だったかもしれないけど、俺よりはマシな生活してんだろ?
 そういえば、どんな奴なんだろう。黒い機体とシンプルな画面に、勝手に男と思っていたけど、女の可能性もあるよな。美人だったら、自撮りでも見せてくれれば俺のささくれた気持ちも少しは癒されるんだけどなあ……。
 そんな淡い期待をこめて、画像フォルダをタップする。

 すっと背筋が冷え、息が止まった。
 どういう……ことだ?

 そこに映っていたのは、少女、と呼ぶのがふさわしいような幼さの残る女の子だ。制服姿だから、中学生か、高校生だろうか。
 縛られて、口にテープを貼られている。何かを訴えているようにも見える。
「ずいぶん、変態趣味の男ってわけか?」
 はやまる鼓動を無視するように軽口をたたき、画像をスクロールする。

 監禁されている少女。
 車に乗せられている少女。
 登校中と思われる少女。
 その他、信じられない数の盗撮画像……。
 これは……
 俺はひとつ企みを思いつき、すっかり暗闇におおわれた公園でひとりスマホを握りしめた。
 
 ザッザッザと砂利を踏む音が聞こえて、男が近寄ってくる。
 十分ほど前、パソコンからAmazonの注文履歴を見たらしい男が、スマホに電話をかけてきたのだ。俺は、公園へ呼び出した。

「よお、変態さん。画像、見ちゃったんだよね。あんなにかわいい女の子、監禁するなんて、ひどいんじゃないの?」
 男は何も言わずに立ちすくんでいる。意外と華奢で、真面目そうな外見だ。普段は、普通の会社員なのかもしれない。
「バラされたくなかったら、わかるよね? 俺、帰る家がないんだよ。少しでいいから、用立ててくれないかな。とりあえず、十万くらい」
 数秒の沈黙。
「……わかった」
 想像より若い声が返ってきた。
「今すぐはさすがに無理だろ? とりあえず、手持ちの現金、ぜんぶ置いていってくれない? 十万は明日でいいよ」
 俺はスマホを指でつまむようにして、わざとヒラヒラと振って見せた。
「今、二万くらいしか持っていない。また明日、同じくらいの時間にここに来る」
 そう言って男は、ポケットに手をいれて近寄ってきた。
「おお、じゃまず二万だけでももらっておくか」
 俺も男へ歩み寄る。
 次の瞬間だった。
 男がポケットから出した手に、光る何かが握られている。ヒッと息をのんで身をかわした。小型のナイフだ。
「お前、バカか? ロックしておかなかった俺もバカだけど、あんなもん見られて無事に帰すわけねえだろ」
 男が顔を歪めるように笑って、俺にナイフを向けてくる。
 ……おい、さすがに怖いぞ!!

「そこまでだ!」
 大きな声とともに、屈強な男たちが茂みや公衆トイレの中から次々と現れた。男はナイフを持ったまま、何が起きたかわからない様子で啞然としている。
 屈強な男のひとりが、
「23時13分、銃刀法違反と殺人未遂で現行犯逮捕!」
 そういって男に手錠をかけた。
 
「ご協力ありがとうございました」
 屈強な男のひとりが俺に近づいてくる。
「いやいや、俺みたいな人間が人の役に立てることなんて、一生ないと思っていましたから……まあ、よかったですよ」
「携帯電話の契約名義から自宅を捜索したところ、無事に少女が保護されたと報告がありました」
「ああ、よかった……」
 はあーっと息をはいて、膝に手をやった。
 俺は画像の中でこっちを見る、涙目の少女のことを思った。
 
 俺は、女の子の監禁画像を見たあと、頑張って頭をめぐらせて、一番近くの派出所に駆け込んだ。他人様のスマホを拾って届けもせずに大量の買い物をしてしまったクズな俺だが、画像の少女は、SOSを送っているように思えた。
 俺にもし娘がいたら……同じくらいの年齢かもしれない。
 そう思ったら、自分の罪なんかより放っておけないものがあると思って、早口で警官にまくしたてた。
 一生に一度くらい良いことしたって、バチは当たらないだろう。
 仕事も金も家族もない俺にだって、誰かの役に立てる、こんな日があってもいいだろ?
 
「それでおまわりさん、俺の罪は何になるんだ?」
「何のことです?」
「いや、他人様の金で勝手に大量の買い物をしたんだ。無罪ってわけじゃないだろう。さっき届いたウーバーの牛丼も食っちまった」
「ああ、そうでしたっけ? 派出所の若いのが、買い物は全部キャンセルしたと言っていたから、何も買っていないんじゃないでしょうかね。牛丼は、あの男が自分で食べたんでしょ」
 そういうと、「あと、もしよければこれを」といって、何か冊子を渡してきた。
 ハローワークのちらし、【座ってできる仕事特集】。
 ちくしょう、いいやつじゃねえか。
「じゃ、メリークリスマス」と言って屈強な男は去っていった。
 
 どこからか、クリスマスソングが聞こえてくる。
 見あげると、あいかわらず星がきれいだ。
 やり直してみても、いいのかもしれねえな。またたく星が、うっすらと滲んで見えた。
 
 
 了


森野きのこさんのアドベント企画に参加させていただきました!

クリスマスっぽい小説が書きたかったのですが、あまりキラキラしたものは書けず(笑)めちゃくちゃ不穏にしようかとも思ったのですが、ほどよくホッコリにおさめました。クリスマスですし笑(不穏ものもひとつ書いたのでそのうち投稿しますw)
久しぶりにnote用の小説を書きました!楽しかったです!企画してくださったきのこさん、ありがとうございました✨

みなさま、素敵なクリスマス、年末年始を〜🫶🎄

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秋谷りんこ(あきや・りんこ)
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