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小説:老人ホーム デスゲーム1 #創作大賞2023

【あらすじ】
「僕」が勤める平和な老人ホーム「けやき」に、突然ガスマスクをつけた大男があらわれた。大男は声高に宣言する。「デスゲームを始める!」しかし、ここは老人ホーム。利用者はほとんどが認知症で、自力歩行もままならない。どうやってデスゲームなど行うというのだ。しかし、一人の老女が隣にいた老人を殺したことで状況が大きく変わった。殺した老女が、なんと若返ったのだ。「殺せば、相手に残されていた寿命の分若返るのだ。さあ、どんどん殺して若返れ!」大男の言葉と同時に、奇妙な殺し合いが始まる。このゲームの目的は何か。首謀者は誰だ。「僕」の運命は? 生と死を行き来する中で生きることを考える、デスゲーム開幕。

登場人物
 
タロウ……僕。老人ホーム「けやき」の職員。
ハルト……ホームの職員。頼れるリーダー。
イチカ……ホームの職員。趣味は空手。
リク……ホームの職員。真面目。
ツムギ……ホームの職員。そそっかしい。
ユイ……ホームの職員。優しい。
施設長……ホームの施設長。
 
トメ……ホームの利用者。
ショウタロウ……ホームの利用者。
サキ……ホームの利用者。
キヨシ……ホームの利用者。
イワオ……ホームの利用者。
セツコ……ホームの利用者。
シゲル……ホームの利用者。
ヒロシ……ホームの利用者。
カズコ……ホームの利用者。
サチコ……ホームの利用者。
 
大男……ガスマスクをつけた男。
猿男……ガスマスクをつけた男。


「さあ、ばあさん。隣にいるジジイを殺せ」
 ガスマスクをつけた大男が車椅子に乗っているトメさんに向けて包丁を放った。カタンと硬い音をたてて包丁がトメさんの前のテーブルに落ちる。トメさんは、一瞬何が起こったのかわからない、といった顔をしたあとに、鋭く光る包丁をゆっくり手にとった。じっと包丁を見つめている。
「ほら、隣にいるジジイを殺せ。そうしないと、お前が死ぬぞ!」
 大男は怒鳴ると同時に、トメさんの目先に鋭いサバイバルナイフを突きつけた。トメさんはびくりと体を震わせて、持っていた包丁を落としそうになる。
「殺すか殺されるか、どっちだ」
 大男の言葉に、トメさんは包丁をぎゅっと強く握る。
「トメさん! だめです!」
 僕の隣でハルトが大声を出す。でも、トメさんはこちらを見ずに、魅入られるように包丁を見つめている。
「隣のジジイを殺せ。そうすれば、お前が一番欲しいものが手に入る」
 大男が、今度は不気味なほど優しい声でトメさんに向かって言う。トメさんが一番欲しいもの。いったい、何だというのだ。 
 トメさんは、隣に座っているショウタロウさんをちらりと見る。ショウタロウさんは事態をまったく把握していないようで、いつものおっとりした表情で、グッピーの泳ぐ水槽を眺めている。小さな熱帯魚は、蛍光ブルーの尾ひれをピラピラと揺らしながら優雅に泳いでいる。陸の世界での出来事など、まるで意に介していない。ショウタロウさんは、今も現状を理解しないまま、グッピーを眺めている。ショウタロウさんとグッピーは、この場にそぐわない、妙に長閑な平和さを見せていた。
 トメさんが、そんなショウタロウさんの喉元に包丁をあてる。
「そうだ。やってみろ。後悔はしねえはずだ」
「だめです、トメさん、やめて!」
 大男の声をかき消すように職員が口々に制止する。しかし、その声は届かなかった。トメさんは、ショウタロウさんの喉元に当てた包丁を力任せに引き、ショウタロウさんの喉を掻っ切った。ぐはあ、と心もとない声をあげて、ショウタロウさんはガクリと首をうなだれる。テーブルの上に真っ赤な鮮血がすごい勢いでほとばしる。グッピーの水槽にも血液が飛び散り、もやもやと赤く濁った水の中で美しいグッピーが泳いでいる。縛られている職員たちから悲鳴があがる。
 次の瞬間、包丁を持っていたトメさんがゆっくりと車椅子から立ち上がった。
 おかしい。トメさんは立てないはずだ。認知症にくわえて、最近大腿骨の骨折をして、介助があっても立つことすらできないはずだ。しかし、トメさんは一人で立ち上がった。それは、信じられない光景だった。立ち上がったトメさんは、少し背筋が伸び、心なしか肌にも張りがあるように見える。
「一番欲しいもの……」
 トメさんがつぶやいた。
「そうだ。一番欲しいものだっただろう? 殺すと、その相手に残されていた寿命が自分のものになる! 寿命が伸びるってことじゃねえ。寿命の分、若返るんだよ!」
 大男が叫ぶ。なんだと。そんな、そんなバカなことが!
「死んだジジイの残りの寿命が、そのばあさんに移動したわけだ! 話には聞いていたが、実際に見るとすげえな」
 大男が楽しそうに言う。ショウタロウさんは七十五歳だったから、残された寿命は十年くらいだっただろうか。大男の言うことが本当だとすれば、トメさんは十歳若返ったことになる。自分の体の変化に気付いたトメさんは、大男の言葉を一番理解したようだ。さっきまで車椅子に座るだけの自分だったのに、今は一人で歩けるのだ。若返ったおかげで、おそらく認知症の症状もなくなったのだろう。的確に大男の言葉を理解していると思われる。その証拠に、トメさんは、今度は躊躇なく反対側の隣にいたサキさんの首に包丁を突き刺した。首から包丁を抜くと、返り血が噴出しトメさんを真っ赤に染める。サキさんが何の抵抗もできずに絶命したと思われた瞬間、トメさんは一段と姿勢が良くなり、確実に若返っていた。そしてトメさんは、デイルームを出て廊下を走っていった。寝たきりの利用者さんがいる部屋のほうだ。より抵抗できない人のほうが、殺しやすいと考えたのか。血液で汚れた足音がびしゃりびしゃりと聞こえる。僕は目の前で起きた惨劇に言葉を失う。大男が笑う。そして、大男は鮮血で汚れたテーブルを囲むほかの利用者さんたちのもとへ包丁を投げ渡した。カタンカタンと硬い音をたてて包丁がテーブルに並ぶ。
「これでわかっただろ? 殺されたくなければ殺せ。相手の寿命を奪って、若返れ!」

#創作大賞2023
#ミステリー小説部門


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秋谷りんこ(あきや りんこ)
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