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小説:永遠の友達【5032文字】
「マサト、起きなさい。学校遅れるわよ」
母親の声で目を覚ます。やばい。寝坊だ。俺は焦って飛び起き「もっと早く起こしてくれよ」と母親に幼稚な文句を言いながらコーンフレークを牛乳で流し込み、制服に着替えて家を出る。走ればいつも乗る電車に間に合いそうだ。
駅まで走る途中、同級生のユウキに会った。
「ユウキ、おはよう」
「おはよう」
「早く行こうぜ、電車に遅れるぞ」
ユウキは幼馴染で、家も近所で、高校も一緒。ずっと友達だ。中学のときから吹奏楽部のくせに、ラグビー部の俺と同じくらい逞しい体をしていて、なんだかちょっと不思議な奴だ。
ユウキは走りながら、まわりをきょろきょろ見渡している。
「お前、何見てんの?」
「え?」
「なんか挙動不審だな」
「いや、いいんだ。いつも通りにしてくれ」
「はあ? いつも通りってなんだよ」
天然なところもユウキの魅力。しゃべりながらも走る。
駅前の大きな交差点の、横断歩道を渡りきったときだった。突然、ユウキが横から俺に勢いよくタックルをしてきた。不意をつかれた俺は、街路樹のツツジの植え込みに思い切り倒れ込んだ。枝が首筋や腕を引っ掻いて痛い。
「何すんだよ!」
そう叫んだ瞬間、俺に覆いかぶさるようにして一緒に倒れているユウキの肩越しに、宙を飛ぶ車を見た。俺たちの上を越えて飛んでいく車を、仰向けに寝そべった状態で見上げる。まるでスローモーション。その直後、激しい衝撃音がした。ガラスの割れる音。人々の叫び声。もわもわと立ち上る煙。焦げたような臭い。何が起きたんだ?
「おい、マサト、生きてるか?」
重なるように倒れ込れていたユウキが、顔をあげて聞いてくる。
「あ、ああ、生きてるけど」
俺の生存を確認したユウキは「よっしゃーっ!」と大声を出し、立ち上がってガッツポーズをした。
「は? どういうこと?」
立ち上がって植え込みを出ると、さっきまで俺たちが立っていた場所に、車が突っ込んで煙をあげている。交通事故だ!
「お前『よっしゃー』って何だよ。事故じゃねえか!」
俺は呑気な顔をしているユウキの肩をつかんだ。
「誰かが警察呼ぶだろ。大丈夫だよ。お前以外、被害者はいなかったから」
「はあ?」
「いやあ、長かった。長かったよ。お前、手強すぎ。今日で、1301回目か。やばいな。俺三年分もお前のことを助けるだけの一日を繰り返していたんだぜ。あー長かった」
「は? 意味わかんねえんだけど。説明しろよ」
「だからさ、タイムリープってやつだよ」
「タイムリープ?」
「知らないか? 主人公が大切な誰か、友達とか家族とかを亡くしてさ、その人を助けるために、同じ日を延々繰り返して、頑張っても助けられなくて、また夜が明けると同じ日に戻ってるっていう、あれだよ」
「は? じゃ、お前は今日をもう千何百回も過ごしてきたってこと?」
「そうだよ。お前、ラグビーやってるだろ? ひ弱な俺じゃどう頑張っても救えなくて、この1301日の間に、俺めちゃくちゃ鍛えたんだぜ。まじで無理かと思ったよ。学校に行かないようにしてもだめ、道順変えてもだめ、俺が先に飛び出してもだめ、タイムリープの説明までしたけどだめ。でも、ついにやったぜ。これで俺は『今日』から解放されるんだ」
そう言われてみれば、中学までのユウキは、ひ弱な吹奏楽部の色白男子。いつの間にこんなに逞しくなったんだ?
「信じられないって顔してるな。そりゃそうだ。俺以外の人間にしてみたら、みんな今日が一回目の今日なんだから」
「漫画みたいな話だな」
俺は半分信じていなかった。だって、そんなことあるか? でも、あのタイミングの突然なタックル。交通事故。ひ弱だったユウキの記憶。目の前には、屈強になって、嬉しそうにしているユウキ。俺が初めての今日を過ごしている間に、ユウキは千何百回も今日を繰り返していた。そんな不思議なことがあるのか。
「何はともあれ、マサト、無事で良かった。やっと……救えた……」
ユウキは少し涙ぐんでいるように見えた。
「マサトを救えたってことは、俺はようやく明日を迎えられるんだな。あ~すげえ達成感。解放感もハンパねえ~」
涙を隠すように、交通事故の騒々しい現場で大きく伸びをして、悠々と立ち去っていくユウキを見て、俺はタイムリープを信じそうになっていた。
「なあ、詳しく教えてくれよ。俺はあの事故で死ぬはずだったってことか?」
ユウキはちらっと事故現場を振り返った。
「そうだよ。あの車のバンパーと、ぶつかった先にコンビニあっただろ? あの壁に挟まれてぺっちゃんこ。何回見ても辛かったぜ。マサト、生きていてくれてありがとう」
そう言って、小さく笑うユウキ。本当に俺のためにタイムリープしてくれていたなら、なんて言ったらいいんだ。この感謝を、どう表現すればいい?
「ユウキ、お前、俺のために……」
──ありがとう。
その言葉を言い終える前に、グチャン! と鈍い音がして、ユウキが歩道に崩れた。
「は!? 何、どうした!?」
駆け寄ると、倒れているユウキの横で、植木鉢が粉々に割れていた。見上げると、マンションのベランダを掃除している女性が見えた。植木鉢を落としたことに気付いていないらしい。
「ユウキ! おい、ユウキ大丈夫か!」
ユウキの体を起こし頭を支えると、手に生温かい感触があり、見るとねっとりと血がついている。
「ユウキ!」
頭から血を流して意識のないユウキ。俺は慌てて救急車を呼んで、ユウキは病院に運ばれた。
ユウキの家族や学校にも連絡して、俺は病院に付き添った。すぐに集中治療室に運ばれたユウキ。しかし、祈りも虚しく、ユウキは帰らぬ人となった。
「俺のこと助けた直後に自分が死ぬって、ひどいよ。こんなの、ありかよ」
俺は、自分を救ってくれた友達を亡くし、途方に暮れた。俺が助からなければユウキは死なずに済んだのかもしれない。そんな複雑な思いを抱えたまま、俺は家に帰った。
「マサト、おかえり。大変だったね」
母親が出迎えてくれる。病院で泣いていたユウキの母親の姿が目に浮かぶ。今日は、俺が死ぬはずだった日。俺の母親が、あんな風に泣いていたはずだった日。それなのに、俺は家に帰ってきて、こうやってまた母親に会えて、話すことができて、一緒に飯が食えて……。俺は涙が止まらなかった。
「ユウキ、なんで俺じゃなくてお前だったんだよ」
背中を撫でてくれる母親の手が、いつもより温かいと感じた。
眠れるかわからなかったけれど、ひどく疲れている気がした。俺は、『今日』から解放されたと喜んでいたユウキの笑顔を思い出しながら、ベッドに潜り込んだ。微睡む意識の中で、ユウキの顔を見た気がした。俺のためにタイムリープしてくれていたユウキ……
「マサト、起きなさい。学校遅れるわよ」
母親の声で目を覚ます。やばい。寝坊だ。俺は焦って飛び起き「もっと早く起こしてくれよ」と母親に幼稚な文句を言いながらコーンフレークを牛乳で流し込み、制服に着替えて家を出る。走ればいつも乗る電車に間に合いそうだ。
ん? 何か違和感がある。何かがおかしい。何がおかしい? わからない。今はとにかく学校へ急がなくては。
駅まで走る途中、同級生のユウキに会った……
え?
ユウキが生きている! どういうことだ?
俺は昨日の出来事を思い返す。俺が死ぬ代わりに、俺を助けてくれたユウキが死んだ日。俺を救うためにタイムリープしていた、と不思議なことを話していたユウキ。昨日死んだはずなのに、今、目の前に生きているユウキ。
もしかして、今度は俺がタイムリープしているということか。あれは昨日の出来事じゃなくて、今日これから起こること。そうなると、俺にはユウキを助けるチャンスが与えられたことになる。これは、俺を助けてくれたユウキへの、感謝のためのタイムリープだ。今度は俺がユウキを助ける番だ!
「ユウキ! おはよう」
「おはよう」
「早く行こうぜ、電車に遅れるぞ」
駅前の大きな交差点の、横断歩道を渡りきったときだった。突然、ユウキが横から俺に勢いよくタックルをしてきた。ここで俺は植え込みに倒れて……ないぞ。おい、俺、倒れていないけど! 棒立ちになる俺に跳ね返されたユウキが、歩道に転んでいる。
その直後、目の前に一瞬で車が迫って来た。激しい衝撃で体が吹っ飛ばされた。全身に信じられない痛みが走る。人々の叫び声。もわもわと立ち上る煙。焦げたような臭い。動かなくなった体を見下ろすと、俺は、車のバンパーとコンビニの壁に挟まれていた。嘘だろ。
「チクショウ! またやり直しか!」
声がするほうを見ると、ユウキが頭を抱えて叫んでいた。
おい……まさか、ユウキが俺を助けてからじゃないと、俺はユウキを助けられないのか? 1/1301の確率で俺を助けられるユウキ。そのあとに俺がユウキを助けられる確率は、いったいどれほどだ? 今、目の前にいるユウキは、いったい何回目のユウキだ? 俺はあと何回死ななければならない? 全身の強い痛みとともに、俺は意識を失った。
「マサト、起きなさい。学校遅れるわよ」
母親の声で目を覚ます。やばい。寝坊だ。俺は焦って飛び起き「もっと早く起こしてくれよ」と母親に幼稚な文句を言いながらコーンフレークを牛乳で流し込み、制服に着替えて家を出る。走ればいつも乗る電車に間に合いそうだ。
よし。どうやら俺は、また今日を始めているらしい。前回は、俺が植え込みに倒れ込まなかったから、ユウキのミッションがクリアされなかった。今日の俺は、もうあの車を避けられる。
駅まで走る途中、同級生のユウキに会った。
「ユウキ、おはよう」
「おはよう」
「早く行こうぜ、電車に遅れるぞ」
駅前の大きな交差点の、横断歩道を渡りきったときだった。俺はここで、ユウキからタックルを受けることになっている。わかっていれば協力できる。俺は、よいしょっ! と自分から街路樹のツツジの植え込みに思い切り倒れ込んだ。その直後、激しい衝撃音がした。ガラスの割れる音。人々の叫び声。もわもわと立ち上る煙。焦げたような臭い。よし、狙い通りだ。
あれ、ユウキがいない。おい、ユウキ、俺と一緒に植え込みに倒れ込んだんじゃないのか!
立ち上がり、周囲を見渡すと、さっきまで俺たちが立っていた場所で、交通事故は起きていた。車のバンパーとコンビニの壁に挟まれているのは、ユウキだった。
「チクショウ! なんでだよ!」
「ああ、マサト……君、何回目のマサト? やっぱりなかなかうまくいかないな」
「ユウキ、いいから喋るな、次こそ俺が助けてやるから」
「俺は……もう5003回目の今日だ」
「え?」
「このパターンは703回目だ」
「なんてことだ」
喋っているうちに、ユウキはどんどん顔色が悪くなって、唇が灰色になって、息絶えた。まわりの野次馬が悲鳴をあげ、遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
「マサト、起きなさい。学校遅れるわよ」
母親の声で目を覚ます。やばい。寝坊だ。俺は焦って飛び起き「もっと早く起こしてくれよ」と母親に幼稚な文句を言いながらコーンフレークを牛乳で流し込み、制服に着替えて家を出る。走ればいつも乗る電車に間に合いそうだ。
駅まで走る途中、同級生のユウキに会った。
「ユウキ、おはよう」
「おはよう」
「早く行こうぜ、電車に遅れるぞ」
駅前の大きな交差点の、横断歩道を渡りきったときだった。ユウキが俺のほうを向いた。よし、一緒に植え込みに倒れるぞ、と思った瞬間、ユウキは立ち止まった。
「お前を助けたら、俺が死ぬんだよな? 俺死にたくないな」
ユウキは、後ずさりをした。
「何言ってるんだよ! 俺が助からないとお前を助けられないだろ!」
その直後、目の前に一瞬で車が迫って来た。激しい衝撃で体が吹っ飛ばされた。全身に信じられない痛みが走る。人々の叫び声。もわもわと立ち上る煙。焦げたような臭い。動かなくなった体を見下ろすと、俺は、車のバンパーとコンビニの壁に挟まれていた。嘘だろ。
「俺はもう7000回目の今日だ。マサトが死ぬのも見たくないし、俺も死にたくない。もうやめたい!」
歩道にしゃがみこんで叫んでいるユウキを眺める。あれは、7000回後の俺の姿だ。俺も、あんな風に自棄になる日が来るのだろうか。俺の遠のいていく意識は、絶望とともに永遠の中へゆっくり埋もれて行った。
【おわり】
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