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ショートストーリー:山矢探偵事務所の社員紹介【3027文字】

 ついこの前まで、肌寒いくらいの梅雨が長居していて、日差しを恋しいと思っていたはずなのに、梅雨明けとともに強烈な猛暑の日々にまいっている。

 毎年のことだけれど、梅雨からの気温差で自律神経がおかしくなるし、この暑さにはどうにも慣れない。休日はクーラーつけっぱなし。これじゃ電気代もバカにならないけれど、熱中症になるよりマシだ、と思うことにしている。

 そんな、暑さバテしている私の頭を悩ませているものが、一つ。

 それは大学のときお世話になっていた先生からの電話だった。



田橋たばしさん、久しぶり。元気にしてる?」
「あ、先生! お久しぶりです。はい。なんとかやってます」
「急に電話して申し訳ないんだけど、今日はお願いがあって電話させてもらったの」
「お願いですか?」
「そーなの。あのね、今度大学で、『OGOBからの就活講座』みたいな催しをやるんだけど、そこに田橋さんもOGとして講義に来てもらいたいなって思って」
「え! 講義ですか? 私、そういうの苦手ですけど……」
「うん、田橋さんがそういうの苦手そうなのはわかるんだけど、学生の前でちょっと職場の紹介とか、体験談をしゃべってもらうだけだから、講義なんて難しいものじゃないのよ」
「はぁ……。でも、もっと適任の人がいると思うんですけど」

 なんと言っても、私は就職活動中、99件連続不採用という不名誉な記録を持っている女なのだ。そんな私が、これから就職活動をしようとしている人に、教えてあげられることなんてない。

「どうして田橋さんにお願いしようかと思ったかというとね、田橋さん、就活のとき、99件不採用になったでしょ?」

 相変わらず直球を投げてくる先生である。

「まぁ、はい」
「だから、第一候補どころか、第100候補目の就職先で働いてるってことよね?」
「まぁ、そういうことになります」
「でも、どう? 今の仕事、やりがいとか、ある?」

 うーん。どうだろうか。まだ二年目だけれど、依頼人の方の役に立てれば嬉しいし、大変なこともあるけれど、刺激的なことも多くて楽しい。

「そうですね。やりがいもあるし、今は仕事が楽しいって思います」
「そうよね!」

 先生の声が高くなった。嫌な予感。

「それよ、それ! 例え、第100候補目の就職先であっても、今は楽しくやりがいを持って働いています! という話をして、これから就活する子たちを励ましてほしいのよ。99件落ちても大丈夫よ! って」

 先生……ひどいこと言ってますけど!

「先生、それ、ちょっと恥ずかしいですよ。なんか晒されてるみたいで」
「そんなことないのよ。良い意味で、よ。良い意味で、就活生を励ましてほしいの」
「はぁ……」

 気乗りしないな。でもお世話になった先生だし……。

「とりあえず、講義のテンプレを送っておくわね。返事は、それ見てからでいいわ。来週末くらいまでに返事くれればいいから」
「わかりました」

 とりあえず、テンプレートを見てみるか。そう思いながら、先生からの電話を切った。

 すぐにパソコンに講義用のテンプレートが送られてくる。


・自己紹介
・同僚の紹介
・上司の紹介
・就活中に大変だったこと
・仕事のやりがいについて


 ふーん。まぁ、そんなに難しいことじゃなさそうだな。とりあえず私は、テンプレートに沿って考えてみることにした。




自己紹介

名前:田橋 純(たばし すみ)
年齢:24歳
職業:探偵助手、事務
趣味・特技:読書、映画鑑賞





 うーん。我ながら、絵に描いたような平凡な人間。

 身長体重の欄があったとしても中肉中背だし、顔面偏差値も平均……いや、中の下か。私って大きな特徴がないなぁ。特徴がない、ということが特徴か。

 あ、でも、言えないことだけれど「肩のあたりに温かい光のようなものが憑いていて、私を守ってくれているらしい」という特徴ならある。まぁ、言えないことだけれど。






同僚紹介

名前:木度 エミ(きど えみ)
年齢:27歳
職業:探偵助手、事務
趣味・特技:陸上、合気道
他:産休育休を経て、現在は子育てをしながらパートタイム勤務






 お、これは「結婚して子育てをしながらでも働きやすい」というアピールができるな。エミさんは美人だし、スタイルも良いし、活発で明るくて面倒見が良くて、こうやって書きだしてみるとエミさんってすっごい素敵な人だな。

 でも、エミさんの本当の特技「ものすごく正確な結界術」は、言えないなぁ。






名前:野村 光一郎(のむら こういちろう)
年齢:(あれ、野村さんって何歳だろう……山矢さんより少し上?)
職業:税理士
趣味・特技:ブラジリアン柔術、コマンドサンボ
他:近くの税理士事務所の税理士。探偵事務所のお金や書類関係は全て一任。






 野村さんのことは、私も良く知らないんだよなぁ。黒いスーツに黒縁眼鏡。オールバックの髪。几帳面で完璧主義。あ、あとめちゃくちゃ頭良いってエミさんが言ってたな。実は超エリートだって。山矢さんとどういう関係なのか、謎だな。






上司紹介

名前:山矢 継(やまや けい)
年齢:不詳(見た目年齢は35~36?)
職業:探偵
資格:探偵調査士検定、探偵業務管理検定、運転免許
趣味・特技:(山矢さんの趣味って何だろう?)
他:無口、無表情、無愛想。白いシャツに黒いジャケット、黒いネクタイ。年中同じ格好。仕事は早くて丁寧。依頼人からよく「いい男」と言われている(私にはよくわからない)。ヘビースモーカー(ショートピース)






 こうやって書いてみると、なんかあんまり良い上司に見えないな。それに、山矢さんこそ、人には言えないことだらけだ。







山矢さんの、人には言えないこと

・5階以上あるビルの屋上から飛び降りても無傷
・結界術がすごい
・体内で怨念を濾過できる
・神隠しの入り口をふさげる(らしい。エミさん情報だから私は見ていない)
・右腕が刀になる(らしい。エミさん情報。どれだけ話を聞いても、まだ意味不明、理解不能)
・どうやら35歳くらいから年をとっていないらしい
・3年に1度、荒草という怪物がやってきて決闘をしている
・その荒草というヤツは、いろんな姿に変身できて、死ぬと砂のように粉々になって風に飛んで消えていく







 うーん……。私自身が理解できていないことも多いし、言えないことのほうが断然多いし、言えないことの中にこそ、本当の山矢さんがいるって感じだな。

 やっぱりOG講座なんて難しそうだ。OG講座に行ったとして、例えば「働いていて一番大変だったことは何ですか?」なんて、質問されたとして、「荒草という怪物にビルの屋上からフリースローのように飛ばされて落とされたことです」なんて言えるわけないし。

「私は温かい優しい光に守られているので、危険な状況になるとその光が助けてくれます。そういうときはよく地面に花が咲きます」……なんて言ったら、頭がおかしいか、変な宗教にでもハマっている人みたいだ。



 あぁー。

 講義のテンプレを前に、私はテーブルに突っ伏した。やっぱり先生からのお誘いは断ろう。

 よく考えてみれば、山矢探偵事務所のことを紹介なんてできるわけがないんだ。言えないことばっかりなんだから。



 それにしても、改めて書き出してみると、おかしな職場に就職してしまったものだな、と思う。今の職場はとても気に入っているけれど、こんなに人に言えないことだらけの職場なんて、まるでSF小説の世界のようだ。事実は小説より奇なり、だな。

 第100候補の就職先でも、小説みたいな刺激的な経験ができますよ、とそのことだけは、就活生に教えてあげたい気がして、ちょっと笑えた。



 でも、やっぱりOG講座は断ろう。





《おわり》

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