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秘密の小さなデート un petit randez-vous secret

煌めくレインボーブリッジ。
対岸にはレジャー施設やホテルのクリスマスイルミネーション。
間に挟まれた海には文字通り虹色の光が滲んで揺れていた。
そこに、影のように浮かび上がる小さな島が、細い道でかろうじて陸地と繋がれている。
ここに渡れることを知っている人は、そう多くない。

真冬の平日の夜10時。
人影も照明も無いそこは、ひっそりとした黒い森だった。

「なんか、
 メタルギアソリッドみたいだね」

手を繋いで歩くタツキくんは、なんとなく声をひそめていた。

「うん
 じゃあタツキくんはスネーク?」
「あ、知ってるんだね、
 メタルギア!」

細い獣道を掻き分けて丘を登る。
丘は土手になっていて、登り切るとその下には、四角く窪んだ草地が広がっている。
ここは、武器庫や陣屋の遺跡だった。
土手を静かに下る。

「なんか、ミッションみたいで楽しいね」

少年のようにキラキラした目で嬉しそうに言われると、胸がきゅんと痛くなる。

突然、土手の上にチカチカと小さな光が揺れた。
懐中電灯だ。
背中をやや丸めた黒い人影と共にゆっくりと移動している。

「警備員さんかな?」
「入っちゃダメって
 書いてなかったよね?」
「なかったよ!」
「まあ、書いてあっても
 入っちゃってたけどね、
 こんなおもしろいとこ笑」
「あ、悪い人だ笑」
「りんさんだって入るでしょ?」
「うん笑」
「じゃあ一緒!」

2人で身を屈めて茂みの陰に隠れる。
手はつないだまま。

「もしこっち来たらさ、
 りんさん捕まってる間オレ、
 走って逃げるね!」
「えーっ!私を置いて逃げるのっ?」
「ううん、りんさんは囮!」
「囮笑」
「おじいさんがりんさん捕まえるでしょ?
 そしたらオレがダッシュで
 逃げるでしょ?
 遠くでオレが騒ぐでしょ?
 おじいさんがこっちに来ようとしたら
 りんさんは振り切って逃げてきて!
 で、2人で全力ダッシュすれば
 逃げ切れるよ!」
「わかった!笑
 いいよっ!」

ひそひそ盛り上がっていたら、やがて光は遠ざかって消えて行った。

「ミッション挑戦できなかったね!」
「うん笑
 でも考えるの楽しかった!」

江戸時代に造られた武器庫は、すっかり草むらに覆われていた。
しん…と冷たく澄んだ空気が頬を刺す。
こんな都会の真ん中なのに、遠くにあんなに光が溢れているのに、ここは暗く静まり返っていて、私たちは2人きりだった。

「ね、ここでしちゃう?」
「ここで?
 …いいよ」

近づいてくるタツキくんの顔の向こうに、冬の星空が見えた。

「ん…」

あったかい。

唇がそっと触れて、柔らかい舌が優しく入ってくる。

ああ…だいすき…

長い間とろけそうなキスをして、タツキくんの手がセーターの上から胸に触れる。

「んんっ…」

時おり、冷たい鼻先が触れ合った。
そして指が、そろそろと下着の中に滑り込んでくる。
外気をまとった指先が中に入ってくる感触に、思わず小さくのけぞる。

「あったかいね、ここ…」
「んんん…きもちいい…」

囁き合う2人の間に、白い息が漏れる。

すきなの
ほんとにすきなの

指が奥を深くえぐる。ゆっくりと優しく、でも力強く、くいくいと押されているうちに、静かに達してしまっていた。

「…んっ……」

タツキくんのコートに縋り付く。

「はぁっ…」
「イっちゃったね…こんなところで」
「ん…」

はずかしくて目を逸らすと、また優しく口づけてくれた。

肩を抱えられながらゆっくりと土手を上がり、海に面した縁を歩く。遠く対岸には、泊まる予定のホテルの灯りが見えた。
大砲の台でふざけるタツキくんに笑い、逆立ちして歩いたりバク転したりするタツキくんにただただ感動して、この手の温もりを、ピンクやオレンジやブルーの光が柔らかく乱反射する素敵な横顔を、私は一生忘れないだろうなと思った。

幸せな、記憶。

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