招かれざる客
お世話になっております。ながみねです。
アカウント主の平良君に「お前の埼玉での日常を一本書いてみろ」と
詰められたので、書いてみました。
僕の日常に興味が有るのは、たぶん彼ぐらいでしょうが…
作成途中に何度も「俺は一体、何を書いているんだ?」という感情になりましたが、気づいたら4000文字超えてました。ゲロ吐きそうです。
最高にしょうもないですが、暇なときに読んでみてくれ!
また、このアカウントから定期的に記事を投稿するみたいなので、
チェックよろしくござす。
では、スタートですっ!
「ピンポーン...」
ある日曜日、インターホンのチャイムで起こされる。
ほぼ開いていない右目を擦りながら、枕元のスマホに手を伸ばす。
時刻は午前 11時。
最近、地元を出て引っ越してきた僕は、休日の前夜は家で晩酌する事が多い。 昨晩も焼き鳥と冷凍ピザ、サッポロの黒ラベルをマルエツで買い込んだ。
いつもの定位置であるソファベッド横の椅子に腰掛け、麻雀卓サイズのテーブルに今夜のアテ達を並べる。ひとり宴会の始まりだ。足下のチリ箱に目を向けると、役目を終えたティッシュが山盛りに積もっている。季節外れの雪景色だ。そんなことはどうでもいい。僕はネトフリとYouTubeを行ったり来たりで忙しいのだ。
意識高い系の人から見ると、
「だらしない過ごし方だ!」
と批判されるかもしれないが、 日本人の独身9.5 割は大方こんな過ごし方に違いない。きっと大谷翔平だって休日は似たような過ごし方だろう。
その日の体調にもよるが、概ね黒ラベル3缶目辺りで酔いが回り始める。酔い始めた僕の行動は、お決まりのパターンが確立されている。
まずは好きな昭和ソングを、アベノマスクを着用する高橋さん(隣人)に
迷惑が掛からないボリュームで、歌いまくる。
酒を飲み、歌を歌う。アルコールは、僕の内に秘めたるラテン人ばりの
陽気さを引き出してくれる。
そしてある程度歌い疲れると、ソファにグッタリと座りネットショッピングにふける。
歌うのは全く問題ないのだが、厄介なのがこいつだ。
誰しも一度は経験が有るだろう。欲しいが本当に必要か迷っている商品を、酔った勢いでポチッとする行為。
酒で正常な判断が出来ない事を良いことに、悪魔の自分がカートに商品を
バンバン投入し、翌朝に通販サイトの注文完了メールで絶望を味わう。アレだ。アレを定期的にやってしまうのだ。
酔い始めてこのお決まりパターンを終えると、大概はそのまま寝落ちで朝を迎える。
ひとり暮らしの良い所は、誰にも邪魔されず、たっぷり寝れる所だ、もちろんアラームは掛けず、気が済むまで眠りに着くため、起きるのは必ず昼過ぎになる。
それ故に、昼前にチャイムで起こされた事は、寝起きの不機嫌よりも、驚きが勝った。
ひとり暮らしの家で、インターホンが鳴る場合は、ほとんどが宅配員だ。
「あれっ、何か頼んでいたかな...?また酔って何か買ったか?」
と寝ぼけながらも考えてみる。しかし見当がつかない。特に届く予定の荷物は無いはずだ。
「ピンポーン...」
戸惑う僕を急かすように、再びチャイムが鳴る。
「めんどいけど、出るか...」
布団から起き抜けのまま、インターホンを覗き込むと、画面の向こうには
宅配員では無く、ひとりの女性が立っていた。
背丈は女性にしては高く、年齢は恐らく同世代といったところ。茶髪掛かった艶やかなストレートヘアにカジュアルな白のワンピース、スマホぐらいしか収納出来ないであろう、小さなブランドバッグを携えて、玄関の前に佇んでいる。華やかなイマドキ女子といった感じだ。
僕は言うまでも無く焦った。想定外の来客に、慌てふためいていた。
一旦、昨晩の記憶を司る。いつも通り黒ラベルを 3缶飲み切った辺りで、ひとり歌謡ショーの開幕だ。何を歌ったか全く思い出せないが、最後に山口百恵の「秋桜」で締めたのは何故か覚えている。
その後もお決まりのネットショッピング。何を購入したか否かは全く覚えておらず、そのままソファで寝落ちした格好だ。
生命保険の営業レディか?何かのイタズラか?あ、そうか、ただの部屋間違いか?
一見、女性の来客になぜビビるんだ?と思われるかもしれないが、全く身に覚えない状況で知らない若い女性が訪問してくるというのは、何とも言えない怖さが有るのだ。
「ピンポーン...」
そんな事を考えてる内に、三度目のチャイムが鳴る。
とりあえず出よう!何か怪しければ追い返せば良い!
そう決心した僕は、ゆーくっりとドアを開ける。ドラマでよく見る、警察が聞き込みに来た時の、容疑者が自宅ドアを開けるスピードだ。
「あ、どうも」
僕は明らかに戸惑った表情で応対する。
「あ、こんにちは!」
戸惑った僕の表情を気にも留めず、彼女は弾けるような笑顔で、挨拶をくれる。
あれっ、可愛いかも。
彼女は矢継ぎ早に続ける。
「あ、はじめまして!エミリです!」
「あ、はい(結構、可愛いな)」。
「ナガミネさんでお間違い無いですか?」
「そうですけど...(なんで名前知ってるんだ?でも、めっちゃ可愛いな。)」
「お邪魔しますね~」
「あ、はい(どうぞ~~~)」
自分が情けなくなった。
あまりにも簡単に、易々と自宅への侵入を許してしまった。しかも正面突破だ。スピードにも乗ってない、フェイントも仕掛けてないドリブルで 僕はいとも簡単にブチ抜かれた。監督がトルシエなら、この時点で即交代だろう。
後悔の念が押し寄せてきたが、家に入れた以上、この"招かれざる客"である彼女の正体を突き止めるしかない。謎のジャーナリズム精神が僕を落ち着かせる。焦るな、俺なら出来る。
彼女はソファの先端にチョコンと座り始めた。冷蔵庫からペットボトルの
お茶を差し出し僕も横に腰掛ける。この時から僕は完全にジャーナリストモードだ。
誰も観ないニュースの音と、鼻をつんざくような香水の甘い香りが充満する部屋で、 僕らは気まずさを埋めるだけの無意味なトークを繰り広げる。
出身地の事や、普段の仕事、趣味や最近面白い YouTuber。盛り上がる訳でも無く、深堀する訳でも無い、上っ面という言葉がピッタリの展開。
しかし、話して分かった事が有る。
どうやら彼女は悪い人では無さそうだ。
ひとしきり間埋めトークが終えると、彼女がこう呟いた。
「じゃあ、シャワー一緒に浴びようか?」
気が動転した。会って数分の人間とシャワー?
僕は恐れ慄いたが、彼女は平然とした顔でこちらの返答を待っている。
「あ、うん」
僕も負けじと平然を装い承諾する。一旦様子見だ。攻めるだけがジャーナリズムじゃない。
「じゃあ、先に脱いでおいてね~(^^)」
彼女はまたしても平然と続ける。
「おけー」
先ほどと同様、平然を装い返事をする。一歩引く事もジャーナリズムだ。
数分も経てば、僕と彼女は狭いバスタブで向かい合っていた。もちろん産まれたままの姿だ。
泡にまみれた僕の体を彼女が洗い流してくれる。ヤクザ映画で観た、下っ端が若頭の背中を洗い流すシーンを思い出したが、シチュエーションが少し違うようだ。
全て流し終え、タオルで体を拭き上げていると、彼女は茶色の液体が入ったコップを僕に差し出してきた。
「なに?この液体?」
僕は問いかけた。先ほど迄は様子見を含めて、全て受け入れていたが、
これは怪しい。
得体の知れない液体を簡単に飲むほど、僕は馬鹿ではない。答えによっては、強力なジャーナリズムを発揮し、彼女を責め、正面からぶつかる事も辞さない構えだ。
「イソジンだよ!これでうがいしてね(^^)」
彼女は淀み無く答えた。
「おけ!りょーかい!!」
イソジンというのは初めて聞いたが、うがいなら仕方ない。時には知らない液体を口に含む。これもまた立派なジャーナリズムなのである。
風呂から上がり、そのまま彼女はベッドへ誘導してきた。まるで自分の家かのように、自然な動きで僕の手を取り進んでいく。
言われるがまま、競りに掛けられているマグロのように、硬直状態で僕は横になる。 いつも愛用している布団なのに、全く体に馴染まない。ここで僕は、引き返せない所まで来てしまったと察した。ジャーナリズムを大義名分に全てを流れに任せていたが、このベッドで僕が一匹のマグロなら、彼女は漁師。いや海だ。その位の圧倒的な存在感とうねりを感じたのである。
ここまで来ると、もう彼女に身を委ねる以外の選択肢は無い。この小さなマグロの運命は、眼前に広がる大海原の気まぐれに掛かっている。
しかし僕は自分の選択には後悔は無い、この海で溺れ殉職するのなら、それはそれでジャーナリズムを貫き通した証拠だろう。
グッと歯を食いしばり、目を閉じる。その時まで波は穏やかだった。
…
「ピピピ...ピピピ...」
またしても、甲高い機械音で目が覚める。
一体、どれくらいの時間が流れたのだろう。
「はい、90 分コース終了で~す(^^)」
彼女が壁掛けタイマーを手に取り、呼びかける。
何があったか理解出来ないが、どうやら生きてはいるようだ。死の淵から生還したからだろうか、妙に体が軽く感じる。
さっきまで、海のようなオーラを放っていた彼女も、すっかり最初の様相に戻っていた。
ベッドに横になってからの記憶が完全に抜け落ちている。外では雨が降り始めていた。
「あ~、雨降っちゃってる」
彼女が俯き加減でつぶやく。まだ理解が出来ず、もぬけの殻状態の僕を横目に、彼女はそそくさと着替えを済ませた。
「じゃあ、時間だから行くね!また、よろしく!」
別れ際での弾ける笑顔は、切なさを増幅させる効果があるのだと初めて知った。
ひとり残された部屋で仰向けになりながら考える。
この一連の流れは何だったんだ?
あの子は結局何者なんだ?
90 分コースって?
混沌とした状況に、思ったより体は疲弊していたのだろう。またしても眠りに落ちていた。
眼が覚めると、そこはいつもと変わらない日常。
国道を走る多くの車、駅前の日高屋、スーパーの向かいのダンススタジオ。何もなかったように、いや何かがあったとしても 日常は動き続ける。
「ピロン♪」
あれから数日後、昼休憩中の僕のスマホには一件の通知が届いた。
「先日は弊社をご利用頂きありがとうございます。またのご利用をスタッフ一同 心よりお待ちしております。 きらめけ!にゃんにゃん学園 大宮店」
また、クレジットカードのアプリには
『きらめけ!にゃんにゃん学園:25,000 円』という請求が届いていた。
全ての謎が解けた僕は、スマホをそっと閉じ、仕事に戻る。
今年の冬はどうやら寒くなるらしい。
招かれざる客をまた招いてみようかな。
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