①日常は異常の始まり
「金星ってこんな感じなのかな。」
ぽつりとラインハルトは言った。
「金星にも雨は降るのか?」
やや義務的にフィリップは問い返した。
「現実世界の金星のことは知らない。レイ・ブラッドベリの小説の話だよ。」
「刺青の男だっけか。お前がよく読んでる本のタイトル。」
「そう。その中にある長雨っていう短編が金星の話なんだ。どうも、ブラッドベリの世界では金星はずっと雨が降る星ということになってるらしい。」
「だとしたら、クソみたいな星だな。」
Fxxkと、吐き捨てるようにフィリップは毒づく。ラインハルトは空を見上げた。
「ああ、まったくだ。」
西暦2xxx年、梅雨。X市。それは誰にも知られることなく始まった。否、その始まりはあまりにもありふれていて、誰もそれが異常の始まりだと気づかなかっただけの事である。
しとしと。
ただの雨。天を割ったような豪雨という訳でもない。ただの何の変哲もない雨が降っただけだ。
しとしと。
特に話のネタがない時の会話の内容は、天気とご飯と相場が決まっている。
「梅雨だというのに今年は雨量が少ないね。」
「確かに雨量自体は少ないけど、なんか毎日降ってない?」
こんな会話がちらほら聞こえ始めた。
しとしと。
「もう8月なのに毎日降ってる。今年の梅雨ちょっとおかしくない?」
人々が異変に気が付き始めた。
気が付いたからといって、天候をどうにかできる訳でもない。どうにもならないまま、約2年の月日が流れ今に至る。
X市は平常運転。今日の天気はもちろん雨である。
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