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映画「アウシュビッツのチャンピオン」~心の奥底に沈殿しないうちに~

この映画を最後まで見る事に耐えられたのは、主人公が死なないという結末を知っていたから。だけど、知っていたにしても、目を背けたくなるシーンが数知れずあった。それでも、それはフィクションではなく、現実にあったことだということを真正面から受け止めよう、決して目をそらしてはいけない。何度も何度も言い聞かせた。そして一つ一つの場面の中で、消えていく命の一つ一つと自分なりに向き合った。

映画から感じたことを振り返り書き記しておきたい。

終始苦しい画面の中、いくつか光が差すように感じられることがあった。

私はその感じた光に着目して、以下書きとどめる。

1.子どもたち。
2.若い二人の淡い恋。
3.人種を超えた同じスポーツを経験した者同士の心のつながり。
4.何か秀でた技術やスキルを持っていると言うことは誰かに勇気をもたらすことに繋がる可能性があると言うこと。

この映画の中でのスポーツはボクシングだった。ボクシングのことはまったく分からない私も、主人公と一緒になって、思わずパンチを避けるために首を左右に振ってしまっていた。

主人公テディがボクシングのスキルを持っていたことによって、自分自身と、周りの人に、生きる希望を与え続けていた。どんなときにどんなスキルが、どんな風に役立つかなんてまったく分からない。それでも、好きなことや得意と思うことを、磨き続け、積み上げ続けていく努力(というよりも、探究心や喜びと表現した方が良いかもしれない)は特に、これから未来ある若い世代にはとっても大切なことだと思った。もちろん、自分自身にとっても。その与えられたそれぞれの才能を、自分を誇ることにではなく、周りの人への喜びに還元して欲しい、そんな人間になって欲しいし、自分もそうありたいと思った。(私が才能がある、と言うことではない。念のため)

幼い子どもが出てくるシーンは、どちらの人種であったとしても、ある安らぎを感じた。希望を感じた。子どもたちの泣き声が一杯聞こえたシーンは胸が張り裂けそうになった。
切に切に思う。全ての人種を越えて、特に特に、子どもたちには天真爛漫に笑っていて欲しい。と。

若い二人の恋が始まりそうなシーン。なんとも言えない、嬉しさが込み上げてきた。未来への希望。お互いへの思いやり。
私が高校生の時、社会科の先生が「どうしたら戦争がなくなると思う?」と質問を投げかけた。そしたらある男子生徒が「恋をすれば良い」と答えた。クラスは爆笑の渦だった。
でも、決して笑い事じゃない。本当に人を愛することをみんな知ったら、戦争はきっとなくなるって、この映画の二人を見て感じた。

国や人種が違っても、同じスポーツで研鑽を積み上げてきた者同士の心の交流も素敵だと思った。スポーツには勝ち負けがあるけれど、その勝ち負けを超えた何かをお互いにシェア出来るのが、同じスポーツをする者同士だと感じた。

自分の娘がバレーボールという競技を通じて、これから先も、誰かとそんな世界を構築していくのかも知れないなと、自分の実生活と関連付いた。

とても重厚な内容の映画。主人公テディがアウシュビッツを生き延びるという結末を知っていたから最後まで見ようと頑張れた。

そして最後まで見たとき、彼からの、決して言葉では何も言うわけではないけれど、彼の生き様を通じての、私へのメッセージを痛切に感じた。

子どもたちの未来、子どもたち自分自身で、輝かせようと思えるお手伝いがしたい。私が出来る範囲で。
彼がその生涯を通じて、身を以て、メッセージを伝えてくれているのをヒシヒシと感じる。今日本に生まれて育った私には到底理解できることのない数々の壮絶な体験を、彼は必死で戦い生き延び、そして伝えてくれた。

私は私で、私のできる限りのことを、体現しようと、この映画を見て、勇気をもらえた。

時代を超えてのメッセージをありがとうございます。あなたが乗り越えてきた数々を、映画という世界で疑似体験させていただきました。到底あなたの感じてきた苦痛の理解には及ばないけれど、それでも、これは絶対に繰り返してはいけないことだと言うことだけは、ハッキリ断言できます。

出版物の普及で多くの人が小説などを読み、人の気持ちなどを疑似体験することが広がっていったことで、犯罪の率がぐーーんと減ったと言われている。映画も同じだなと思う。

決して体験してはいないけど、自分なりの共感や理解は出来る。そして自分以外の誰かの気持ちを想像し、受け止めて、完全にその人になりきれなくても、理解しようと努力は出来る。

この映画を見た後の、帰りの電車の中、いつもなら、本を読んだり勉強することに時間を使うけど、今日は、目を閉じて、自分の思いと向き合ってみた。

母が浮かんできた。

どんな気持ちも味わい尽くすために、生まれてきた、と、あるyoutuberが言っていた。あのテディがあの環境を乗り越えてきたのなら、私だって頑張ろう、どんな感情が出てきたって、味わい尽くすためなんだったら、きっとどんな自分だって許していける。

重たい重たい映画だったけど、深くをえぐられたことで逆に何かは軽くなった気がする。

怖い、見たくないと、目を背けなくて良かった。怖くても、とにかく見たいと思った自分に正直になって、映画にどっぷり浸れて良かった。

だけど、子どもたちには見せたくない。映画も、そして、絶対に絶対に現実ででも。



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