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駄菓子の”あたり”と消えた約束

永遠はあるけどない。

常々そう思っている。永遠を口にした瞬間、その永遠は確かにそこにあるけれど、その状態が変わらないままいつまでも残っているかと言われれば、大抵は「ノー」だ。

まだ折り目のついていない、真っ白できれいな2019年分の手帳を眺めながら、わたしのこの小さな決意もいつか、違和感なく揺らいでしまうのかしら、なんて思った。

小さな決意というのは、わたしは手帳派を貫く、というものだ。

友人たちがスマホでの予定管理に移行する中、わたしは相変わらず手帳を愛用している。

手帳に対するこだわりは色々あって、それはもう挙げればキリがないほどだから、毎年丸一日以上かけて手帳選びをする。ところがどっこい、今年は忙しくて、そんな時間はなかった。でもどうしても来年分が必要だ!という時期になってしまったので、結局三年目となる「余白には理由があるんです」のミドリの手帳を買った。新書サイズがお気に入り。

スマホもパソコンも使うし、科学未来館は大好きだけれど、「アナログ人間」を自称するわたしは、今でも手紙を送るのが好きだし、授業中もノートにメモを取る。本は絶対に紙がいいし、ささやかな趣味の一つのスクラップブッキングも、時折思い出しては新しくページを埋めていく。

だから、どんなにまわりがスマホで様々なことを管理するようになっても(スイカやクレジットカードもスマホに移行しても)、わたしは手帳でスケジュール管理をすることを辞めないぞ、と、来年のものを買いながら一人心に決めた。

―――そのはずだった。

いや、今だってちっとも揺らいではいない。きっと来年も再来年もわたしは新しい手帳を買いに行くし、五年後も十年後も、その時々のニーズにあったものを探すのだと思う。

それでも、とある出来事がわたしを不安にさせた。

留学中のある日、わたしは二段ベッドの上でごろごろしながら、友人が日本から送ってくれた駄菓子を食べていた。懐かしいなあ、昔は100円を握りしめて随分と長いこと、どの駄菓子を買うか悩んでいたっけなあ、なんて浸りながら。あの頃、100円は大金だった。10円グミを10個にするか、それともあんず棒と酸っぱいガムとキャンディにするか、あるいはおまけ付きの高いお菓子を一つ買うのか……いつもその組み合わせを真剣に迷っていた。(今は消費税だったり単価が上がったりして、なかなか難しいのかもしれないけれど)。

懐かしみながらなんとなく袋の内側を覗くと、”あたり”と書いてあった。

ぼんやりと眺めて、それから「えっ”あたり”!?あたった!」と思った。これを持っていけばもう一つお菓子がもらえる。わあーい!でも今は日本じゃないから、帰国するまで保管しなきゃいけないな。そもそも友人は、どのお店で買ってくれたんだろう。これって、買ったお店じゃないと交換できないんだっけ?

相変わらず寝っ転がりながら、わたしはそんなことをひたすら考えていた。それからふと、「よく考えたら、そんなにこの駄菓子好きでもないし、帰国するまでゴミを持っているのはなんだかなあ」と思った。そうして、結局袋を捨ててしまった。

初めから捨てればよかったのだけれど、わたしが躊躇したのには原因があった。小学生か中学生くらいの頃、決めたこと。

―――大人になっても、”あたり”が出たら嬉しいと思いたい。今みたいに、あたりを持って行って、もう一つもらうことを変わらず喜べる大人にわたしはなる―――と。

もし買ったお店の目の前で”あたり”が出たら、それも、真夏日にTシャツ短パン姿で、気のおけない友人と一緒だったら。「ねえ、当たったよ」「やばい、小学生ぶりくらいかな」「今でも嬉しいもんだね」「大してこのお菓子好きじゃないけど、記念だしもらってこよう」「そうだね!」なんて言いながら、あっさりもう一つお菓子をもらっていたかもしれない。昔の自分との約束なんて、思い出すこともなかったかもしれない。

でも、あの時わたしはアメリカにいて、駄菓子屋さんなんかまわりになくて……こんなのは言い訳かもしれないけれど。

大人になっても”あたり”を交換すると信じていたはずのわたしは、いつの間にか”あたり”を捨ててしまう人、捨ててしまえる人になっていた。

決意した時にはものすごく大切だと思っていたことが、今となっては「あの頃のわたし、可愛かったなあ」くらいで済まされてしまう。

―――実際は、ただ可愛い懐かしいでは済まないから、こうやって小さな罪悪感を記録しているのだけれど。

とにかく、わたしにはこんな前科があるから、新しい手帳を眺めながら思わずにはいられなかった。

わたしはこの一人で勝手に決めた約束事を、守れるのかしら。今はこんなに重要なことなのに、いつかどうでもよくなってしまうのかしら。こだわりなんてどこかへ行ってしまうのかしら。

それでも。

それでも、いい。ひとまずは、いい。人の気持ちは移ろうものだ。今は今大切だと思うことを、ちゃんと大切にしてあげればいいかしら。

そんな風に自分を慰めてみたり、なかったり。

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