ヨハネ福音書 6:1~15 「神が共におられることが実感できない時には」
まず、タイトルの聖書箇所を祈りながら読みましょう。
それから、下のコラムを読みましょう。
最後に、ここから発見したことや教えられたことを感謝して祈りましょう
誰が見てもわかる方法や形
「まことにこの方こそ、世に来られるはずの預言者だ」。人々はイエスがなさったしるしを見て、口々に言いました。しるし、とは「神が共におられるの」ことを誰が見てもわかる方法や形で超自然的に現されることです。
ユダヤ人たちは、長らく「モーセのような一人の預言者」が現れることを待ち望んで来ました(申命18・15)。モーセが、神と人との間に入って仲裁人の役割をしたように、人々は「神と人との間に入る完璧な仲介者」を待ち望んでいたのです(1テモテ2・5)。その仲介者として世に現れたのが、救い主イエスです。
神はモーセを通して、たくさんのしるしを現しました。エジプトを脱出した時は、二つに分かれた海を渡りました。夜は火の柱、昼は雲の柱で民を導きました。民を養うため、天からパンや肉を降らせ、砂漠に水を湧かせました。エジプト脱出から約束の地を獲得するまで、神は彼らと共におられることを示して励まし続けたのです。
「しるし」を確認する
イエスは弟子たちに、こう教えました。「モーセが書いたのはわたしのこと(です)」(ヨハネ5・46)。つまりイエス・キリストは、神があなたと共におられることの保証です。
人々はイエスの姿を見て、モーセや預言者たちを思い起こしました。
ガリラヤ湖を渡って山を登るイエスの姿を見た人々は、モーセが海を渡って、シナイ山に登ったことを思い起こしました。
また、イエスが5千人を満腹させて、12のカゴいっぱいに余った様子を見た人々は、預言者エリシャが大麦パン二十個と新穀一袋で、百人を満腹させたことを思い起こしました(2列王4・42〜44)。
つまり、旧約時代に預言者たちを通して神が見せたしるしは、すべてイエス・キリストを指し示していたのです。
複雑ではなくシンプルに受け取る
同様に、主イエスは非常にシンプルに、あなた共にいるしるしを見せてくださっています。家庭、学校、職場での出来事や出会う人々を通して、苦難や試練を通っている時にも、「私はあなたと共にいる」「あなたの側にいる」励まし続けています。
何よりもあなた自身が、今日、注意深く周囲を観察するなら、周りの至る所でしるしを見つけることができます。目を開きなさい。見渡しなさい。じっと静かに眺めてみなさい。主はあなたと、今ここにおられます。
「主よ、私の周りにある様々な事柄を通して、あなたのイエスへの信頼が日々深められますように」。