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燃える先端の炎は人生のようで

『煙色のまほろば』 後藤うどん
読了レビューです。

文字数:約1,500文字 ネタバレ:一部あり


あらすじ

70歳の「ゆきこ」と大学生の「さくら」には共通点がある。

同じ集合住宅のお隣さんであり、どちらも悩みを持つ喫煙者。

これはそんな2人の手元で燃えるタバコの先端みたく、煌々と輝く人生のお話だ。


レビュー

 私はタバコが嫌いだ。

 嫌いな理由はいくつかあるけれど、とくにダメなのは喫煙者のマナーであり、職場の周りには吸い殻がいつも落ちている。

 タバコを吸うの自体は酒を飲むのに近いとはいえ、携帯灰皿がないなら吸うなと思うし、周辺でのポイ捨てを見つけたら監視カメラの映像をもとに、現行犯で警察を呼びたいくらいだ。

 そんなタバコ嫌いの私にも心に響くものがあり、偉そうに本作のレビューを吹かしてみた。


 「ゆきこ」は息子夫婦と同居している高齢者であり、隣室の大学生「さくら」とは喫煙仲間だという。

 健康には確実に悪く、昔ながらの紙巻きタバコから電子タバコに切り替えるか、さもなければ禁煙する人も多い中で、本作は時代に逆行しているように思える。

 しかし2人がベランダで紫煙をくゆらせながら談笑する光景を見て、ほほえましくも美しさを感じるのは私だけだろうか。

 物語は就活に悩む「さくら」に、煙を吐き出すタバコを持った「ゆきこ」が次の問いをすることで火が灯る。

「さくらさん 最高の一本 吸いたくなぁい?」

 人生の大先輩として間違いない老人から、まるで悪事にでも誘われるかのようにして向かうのは山である。

 山頂での一服を強烈にするべく、様々な対策を講じてガマンを重ね、ようやく辿り着いた先でタバコに火を灯し、待ちに待ったその瞬間がやってくる。

 喫煙者でもなければタバコを嫌う私にですら、2人の心情が伝わってきて涙が出る。

 同じく「ゆきこ」は涙ながらに語るのだ。

「…70ちょっと前からね、おばあちゃんってしか、呼ばれなくなるの」

 もう歳なのだからと、親切の皮を被せた優しい言葉の暴力によって、「ゆきこ」は傷ついていた。

 たしかに山へ登ることを提案しておきながら大変そうにしているし、ケガでもした日には「それみたことか」などと言われるに違いない。

 体力気力の衰えを考えない無謀な高齢者がいるのは事実だけれども、何でもかんでも歳を理由に遠ざけるのは、「あなたはまだ若いから」と若者を遠ざけるのと何が違うのだろう。


 大学生の「さくら」は、これといって学生時代に力を入れて取り組んだことがない、いわゆるガクチカのなさに悩んでいる。

 とくに近年はコロナ禍もあって難儀する学生が多いと聞くし、それでなくても胸を張れるような出来事が全員にあると思うな、企業の採用担当者よ。

 そんな「さくら」にも最高の一本を吸う山登りを経て、暗闇の中で光るタバコの先端みたいに確かな自信がついた。

 輝きだした「さくら」の火を浴び「ゆきこ」もまた、ずっと燻っていた絵に対する情熱を燃やそうとする展開は、読んでいるこちらまで熱くなる。もちろん火災報知器は正常のようだけれども。


 タバコを題材にした作品だと『ヤニねこ』や『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』などがあるけれど、高齢者と若者という組み合わせで捉えるなら『メタモルフォーゼの縁側』が近いような。

 やがて死にゆくために未来を諦める高齢者、一方で将来に希望の持てない若者。生まれ育った時代や環境は違うのに、出会ったときの状況は似通っており、まるでお互いを補完しあうような組み合わせだ。

 本作の2人の手元にはタバコがあり、健康に悪いと分かりながらその先端から立ち上る煙が、まるで命を燃やしながら飛翔する彗星の尾に感じられる、というのは大袈裟だろうか。




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りんどん
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