終わりかけの世界で終われない生き方を
『ウスズミの果て』 岩宗治生
読了レビューです。
文字数:約1,000文字 ネタバレ:一部あり
・あらすじ
その世界では50年以上前、「断罪者」と呼ばれる異形が発生した。
彼らの吐く瘴気を吸った人間は、体中から鉱物に似た結晶体が形成される「結晶病」により死に至る。
そんな終わりかけの世界を浄化するのは、見た目が人間のような終われない存在であり──。
・レビュー
地球の歴史から見れば現在の人類が誕生したのは12/31、つまり大晦日の夜らしい。
そしてこれまでに起きた環境の激変により、過去5回も生物種は全滅して現在は6回目に入ったとされる。
本作がその全滅を生き延びた後なのか不明だけど、人々は断罪者と彼らの吐く瘴気による結晶病で、またしても人類は危機に瀕している。
そんな終わりかけの世界を浄化するべく、丑三小夜は旅をしている。
本作における世界は、どこか変態的とも思える細かな描き込みによって作られており、多くの場面に暗く陰鬱な空気がつきまとう。
終わりかけの世界にあって、主人公の小夜は未来を託された存在であり、闇の中で船に道標を与える灯台のようだ。
ただ、それは自身が孤独であることの裏返しにも思われ、第1話では断罪者の攻撃で受けた傷が、再生というか修復される。
小夜は人間のようではあるけれど、50年以上前から活動していることを考えれば老化せず、おそらく物理的な損傷でも死なない。
永遠なる存在として世界の浄化に努めても、それが終わる頃には人類が全滅しているかもしれなくて、まったくの無意味なのかもしれない。
しかし小夜の掻き分けた瓦礫の中には、ときに小さな希望だったものが指先に触れ、最新の第2巻では未来と呼べるべきものさえ見つかる。
闇が濃いからこそ小さな光を愛しく感じるのは、どこか皮肉めいている。
人類は夜を明るく照らすけれど、決して闇を消すことはできない。
それは世界そのものが夜の中にあるためで、私たちは火の点いた松明を振り回すばかりの、愚かな存在に過ぎないと思うときがある。
だからこそ終わりを想像し、恐怖するとともに願いを託した結果、祈る行為を生み出した。
死の満ちた本作において祈りは小夜に託され、小さな明かりが照らし出す先には、やはり死が当たり前のように転がっている。
けれども希望だったものは光を浴び、かつての生ある輝きを放つだけでなく、おぼろげな未来は明日への道を指し示す。
どうか小夜の道行きが光で満ちますようにと、終わりかけの世界の住人は思うのだった。