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TANGO TIME 《短編小説》

【文字数:約5,000文字 = 本編 4,000 + あとがき 1,000】

※ 本作は背川 昇『どく・どく・もり・もり』&キノコ人間Vtuber「奇ノ駒たんご」の二次創作です。

※ 上記2点については読書レビューをご参照ください。

※ 上記2点について、ご存知なくても読めるようになっています。



  世界に朝の光が満ちるとき、ぼくは闇の世界から現実へと帰還する──。 

「ご視聴ありがとうございました。みなさん、それではバイバイです。おやすみなさ~い」

 そうして深夜2時より始めたアクションADVゲーム、『DARK SAUCE』のプレイ動画配信を終えた。

 ぼくは世界初のきのこマイスターの資格を持つVtuber、奇ノ駒たんご。けれどもそれは世を忍ぶ仮の姿で、あるときは郵便屋さん、またあるときは中世の剣士になったりする。

「ふわぁ……あ、いた、いたた」

 夜ふかしで頭がピリピリするのは、たぶん体の中の菌糸が頭に上ってきたからだと思う。頭に血が上ると怒ってしまうのは普通の人間だけれども、それが菌糸になるとシン・キノコ人間の出来上がりだ。

 とはいえ、せっかくのキノコの知識が消えてしまうのは良くないから、睡眠を取って人間に留めておかなければいけない。

 そのときスマートフォンの通知が鳴って、眠い目をしばたきながら画面を明るくすると、web通販のアマゾネスから配達が来たと教えてくれる。最近は受け取りに出なくても、あらかじめ配達方法に置き配を指定しておけば、荷物が玄関先に置かれた写真が届く。

 うっすらと玄関の扉を開け、壁に立てかけられるように置かれたダンボールを回収する。キノコ人間は正体を知られてはいけないので、うっかり他の住人と接触してはいけない。その点web通販はプライバシーの保護が徹底されており、宛名も「奇ノ駒たんご様」になっている。

 きっと注文したキノコグッズだろうから、スキップもどきの軽めな足取りで部屋に戻る。

「それでは、それでは~? えっ……」

 寝不足によるハイな気分のままダンボールを開封したら、その中に入っていたものに驚いて、少しだけ眠気が闇の世界に飛んでいく。黒っぽいハンマーのような形には見覚えがあって、細長い柄の先にある塊には突起がいくつも浮いている。

「これって、ぼくの頭に生えてる……?」

 自然と頭に手を当てて、奇ノ駒たんごの3兄弟あるいは3姉妹のキノコを探してみたけれど、続いて起きた事態に思わず叫んだ。

「わあああああ!!」

 いきなり黒っぽいハンマーみたいなキノコから黒い煙が噴き出して、部屋と自分があっという間に見えなくなってしまう。すぐに口元を押さえたけれど、いくらか肺に取り込んでしまったのか咳き込んで、次第に立っているのもツラくなる。

「こんな、ところで……ゲーム、オーバー……なんて……」

 役目を終えたキノコと同じく倒れこみ、ヒトヨタケが溶けて消えるように意識が途切れた。

  ◇

 鳥の鳴き声が耳を打ち、土の匂いが鼻をくすぐり、しめった空気が肌を撫でる。

「……ん、んん」

 重たいまぶたをこじ開けると強い光が目を焼いて、反射的に手で顔の前を遮った。部屋の中にしては眩しすぎるのが不思議で、さっきから動くたびにガサガサと体の下で音がする。

 体勢を変えて音の正体を確かめたら、自分が落ち葉の上で寝ていたと知って跳び起きた。

「なな、なんで!?」

 お酒に酔ってコンクリートをベッド代わりにする人は知っているけれど、部屋の中にいたのであれば、せめてカーペットやフローリングの上に寝ているはずだ。それが落ち葉の上、しかも体を包みこむほど大きいのだから驚かずにはいられない。

 あたりを見回すと森の中であることは確かなのに、すべてのものが巨大化して木々の幹は垂直の壁となり、頂上となる樹冠は遠くて見通せない。

 不意に地面が揺れて近くにあった岩山に身を隠す。おそるおそる様子を窺うと、岩山よりも小さいけれど自分と同じくらいの何かが、こちらにゆっくり近づいてくる。

 細長い鼻に尖った歯、体は丸くてムチみたいな尻尾を揺らしており、地球外モンスターでなければ巨大化したネズミかもしれない。

 幸いというべきか、巨大ネズミは体と地面を揺らしながら通り過ぎていった。

「……いったいここはどこなんだろう?」

 つぶやきながら岩山を離れ、宇宙にまで届く超高層タワーのような木に近づいてみる。そこまでくると世界が巨大化しているのではなく、自分が小さくなったと考えられるようになって、これはきっと夢なのだと楽観的な気分も湧いてくる。

「ふ、ふん、だいじょーぶ、だいじょーぶ……」

 届いたキノコの煙を吸って気絶して、幻覚の混じったおかしな夢を見ているだけだとすれば、巨人のようになる物語『ガリヴァー旅行記』の逆だと納得できる。もしくはキノコの妖精が主人公の『どく・どく・もり・もり』だろうか。

 ひとまずの安堵を得たところで、頭上から声が降ってくる。

「貴様、このあたりでは見ない顔だな」

 崖のような木の根を見上げると自分と同じ背丈の人影が4つ、倍以上あるのが1つ立っていた。

「み、みなさんは……?」
「我々は森の掃除屋だ。貴様は毒か、食用か、どっちかな?」
「え、いや、どちらでも……ないのでは」
「……よく分からんな。それでは我々が直々に取り調べる!」

 不吉な宣告を発し、自分の倍以上ある人影が根を蹴って跳び上がり、他の4つが後に続く。そして落ち葉を巻き上げながら地面に降り立ち、

「我の名はオオキツネタケ! 我々は森の掃除屋キツネタケ部隊だ!」
「キツネタケ、部隊……」

 名前の通りキツネのような耳を頭から生やし、顔つきもそれっぽいけれど見た目は全然ちがう。部隊というだけあって腰には刀らしきものを下げ、槍に弓といった武器は戦国時代の合戦にでも行くかのようだ。

 とくに大きいのは巨人のような迫力で、思わず後ずさろうとするけれど、まわりを取り囲まれているので動けず、値踏みするような眼差しを受け止めるしかない。

「頭に見たこともないキノコを生やしているし、全体的に黒くて毒っぽいな。だが……」

 視線が下に落ちて、腕くらい太い指先を突きつけられる。

「その白くて細い足は人間の栽培するエノキタケにそっくりだ。つまり貴様は食用なのかもしれん」

 すると自分と同じくらいのキツネタケ隊員が、「隊長!」と叫んで進言する。

「森に生えるエノキタケは暗めなオレンジのはず! こんなところで見つかるものでしょうか!」
「たしかに変だ。しかし森の可能性は無限大なのだから、こいつのような管理栽培されたキノコの育つ、我々の知らない聖域のような場所があるのかもしれん」

 オオキツネタケが丸太のような体を傾け、こちらを舐めるように眺めて言った。

「貴様はどこから来た? 返答次第では解放してやろう」
「え、えっと……」

 勝手に話が進んで置いてけぼりにされていたけれど、この人たちは自分が怪しい人間なのか疑っていることだけは分かった。正直に住所を言えば、もしかしたら解放してくれるかもしれない。でもそれは自分にとってのトップシークレットだ。

「……どうした、答えられないのか?」

 にわかに5人は殺気を帯びて、各々が持つ武器をこちらに向ける。たとえ夢でも痛いのはイヤだし、頭に詰まったキノコの知識を総動員して、どうにか答えを出した。

「ぼくは……どこにでもいるし、どこにもいない。それがぼく、”奇ノ駒たんご”……です」

 webを通じて様々な場所に現れるキノコ人間Vtuberは、たしかに本拠地となるものがある。でもそこからの配信によって、同時にたくさんの奇ノ駒たんごが発生する。あたかも人の目には見えない胞子が空気中を漂い、様々な場所でキノコを生やすように。

 しばらくオオキツネタケは黙っていたけれど、いきなり粉砕機のような口をかぱりと開けて、周囲に轟くほどの豪快な笑い声を上げた。

「ぬわっはっはっはっ! なるほど、どこにでもいるし、どこにもいない、か! まったくもってその通り! はっはっはっ!」

 話について行けず顔を見合わせる隊員たちに向け、部隊長は楽しげに語り出す。

「いいか、我々は本部に戻ったり一時的に休息を取ったりはするが、森の掃除屋として常に動き回っている。つまり少し前にいた場所を離れているのだから、どこにでもいるし、どこにもいないわけだ」
「おお! なるほど!」

 隊員たちが喝采し、疑ってすまなかったな、と謝ってくれる。

「いえ、その……ぼくは世界に、キノコの良さを広めるのが目標なので……」
「はっはっはっ! その心意気や良し!」

 オオキツネタケがまた笑い、それから「お前たち!」と叫んだ。

「この美しい森を穢す毒キノコどもを狩り、本部に持ち帰るのが我々の使命だ! そして奇ノ駒たんごはキノコの良さを広める伝道師だという! 我々も負けてはいられんぞ!」

 最後の雄叫びに隊員たちも続き、エイエイオーのかけ声が繰り返される。

「では奇ノ駒たんごよ、お主は自身の使命に殉ずるがよい。これにて御免!」

 そうして5人はオオキツネタケを先頭に行進を始め、森の奥へと消えていった。その姿が見えなくなり、危機が去ったことを確信して地面にへたりこむ。

「よかったぁ……は、はは……」

 自分の活動に理解を示してくれたのも嬉しくて、貧弱ながらも笑みが浮かぶ。こうして夢の中でもキノコのことを考えているのは、きのこマイスターとしての自覚が強くなった証拠かもしれない。

 じわりと資格の重みを噛みしめたら、すっかり忘れていた事柄を思い出す。

「……それにしても、これからどうしよう」

 夢が覚める気配はないので、せっかくなら楽しんでみようと前向きに、プレイしたゲームみたく森を探検してみることにした。

「ぼくの『TANGO TIME』が始まるぞ……!」 



 To be continued...?



《あとがき》

 はじめまして、もしくはおひしさぶりです。

 前に投稿したレビューから、きのこマイスターの資格を持つVtuber「奇ノ駒たんご」さんの配信をチェックするようになりました。

 内容としては7割くらいプレイしているゲーム配信なのですが、それもキノコに関連していたりするので、わりとゆるめな取り組みが信条なのかもしれません。

 そうして配信をチェックしていくうちに、何かしら自分でも応援できるものをと考えた結果、『どく・どく・もり・もり』とコラボした2次創作小説を書くことにしました。

 小説だとVtuber個人から世界を広げるのは難しく、その点において同作をベースにするのであれば、むしろ架空のアバターが活きるのではと。

 参考としてVtuberを題材にしたものに何作か目を通したのですが、作者の分身らしき架空のキャラと同棲する話があって、私にとってはnot for meでした。


 本作を書くにあたって気をつけたのは、なるべく2つの世界観を壊さないようにすることです。

 原作を元にした2次創作をする際は当然、守るべきお約束ではあるのですけれど、本作の主人公となるキャラは実在する人間でもあるわけで。

 作品のキャラとVtuberは創作物という点で共通していますが、前者が完全なる架空の存在である一方、後者はスーツアクターのようなものであり、それぞれの2次創作に対する受け止め方は異なります。

 もちろん自作のキャラが酷い扱いを受けたとして、気分の良くなる作者さんは多くないでしょう。

 ところが、ある俳優さんを題材にした創作物があるとして、それがあまり褒められた内容でない場合、ダメージは実在する俳優さんへと向かうかもしれません。

 参考作品として見つけた同棲する作品は、表現の自由に収めてよいか難しいところです。


 広く見られやすい場所にも投稿したおかげか、さっそく作者さんが反応して「マニアックな知識が入ってたりして面白い」との賛辞を頂きました。

 長編は中途半端なままだと公開できないため、そうしたやり取りをするわけにもいかず、本作のような短編を書くと良い息抜きになります。

 文章を書く息抜きに文章を書く、というのは一見すると頭が狂っていそうですけれど、多少なりとも狂っていなければ小説を書こうとは思わないでしょう。

 何はともあれ楽しい時間を過ごせたので、気持ちを切り替えて長編に取り組めることでしょう。

 ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました。


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りんどん
なかまに なりたそうに こちらをみている! なかまにしますか?