「美しい手」の行く末

2 「美しい手」の行く末

 息が白い。
時がいくら経とうとも,季節はいまだ廻っているらしい。
「エアコン」とやらのおかげで,薪で暖を取る必要はないらしいが。
それでも,北に行けば,いまだ凍死することもあるという。
厳しい季節なのは,時間がたった現代でも変わらないらしい。

 この季節には,城での出来事を思い出す。
冬のある日,我らの城で,太陽の騎士を言い負かした,あの話を

(1)
 冬。
われらの島は,痩せた土地だ。
いかに栄えた我らが城でも,冬には食糧のやりくりで問題が生じることも多い。
臣下や城勤めの連中も大所帯になり,消費も増えた。
それでも,「我が王」は,「城への来客には分け隔てなく歓待を」とのたまう。
「貴方なら,我が臣下の誰よりも,そうした差配を上手にできるでしょう。どうか,よろしくおねがいしますね。」
そう言って,微笑みやがる。
 
 「まったく,口が達者になりやがって。」
偉そうに,アグラヴェインの奴みたいに,「それを何とかするために卿がいる。よく励め。」なんて言いやがったら,城内に昔の恥ずかしい思い出の3つや4つ触れ回ってやろうと思ったのに。
ああして,穏やかに微笑まれると,どうにも弱い。

「さて,どうしたものか。どっかの吟遊詩人もどきに,交易品の渡りをつけてもらうしかないか…」
「おや,卿が独り言とは珍しい。何かありましたか?」
「ん?あー…。貴卿の守備範囲外のことだ。気にしないでくれ。」
顔をあげれば,外套をまとった大男が立っていた。

「サー・ガウェイン,冒険からお戻りかな?今夜はどんな英雄譚をお聞かせいただけるやら。」
「冷やかさないでください。ただ近くまで来たので、わが叔父上へご挨拶に参ったまでです。」
サー・ガウェイン。
太陽の騎士。
多くの人が,理想の騎士と呼ぶにふさわしい,清廉潔白な騎士の鑑。

「そうかい。オレはまた,胸の大きなレディを追っかけて,家を追い出されたかと思ったが。」
「ハハハ。何をおっしゃる。ご存知の通り,私には我が最愛なる妻がいます。日々その相手で忙しく,そのような余裕などありませんよ。」
これである。
意地の悪い軽口をたたこうとも,こんな切り返しをしてくる。
こういう歯が浮くようなことを,平気な顔して言えてしまうのが,この男である。

「それに,そんなことがあっても,我が妻は,それくらいで私を追い出したりしませんよ。」
「はいはい。おまえさんのそういうとこには,本当にかなわんよ。」
「それはそれは。卿に口論で勝ったとなれば,この城の中でもそう多くはないのでは?これは誉としてわが叔父上にもご報告せねば。」
「いや別に勝ってはないだろう,そもそも競ってないし。第一オレは独り身だから,惚気で争うことなんざできないさ。」
「では卿も早く身を固められては?よき縁談も来てらっしゃるでしょうに。」
「あー…。オレはいいんだよ。もともと貴卿やサー・ランスロット,サー・トリスタンのような,派手な武勲や英雄譚もない。この城のしがない司厨長さ。そんな男と結婚しても,それこそ「円卓詐欺」みたいなもんで,逆に奥方君の実家に悪いだろう。」
「そのようなものでしょうか。」
「そのようなものなのですよ,まったく。」
「はぁ…。卿がそうおっしゃるのなら。しかし…」

 生まれながらの英雄譚の主役様には,一生わからん悩みを本人にぶつけ,案の定わかっていないような大男が,何か言い淀んでいる。
いつもなら,面倒な縁談話を持ってこられる公算が高いので,さっさとこの場を離れるのだが,太陽がごとき男の顔に,一片の曇りがさしているのが気になった。

(2)
 「…何かあったのか?」
「…やはり卿にはごまかせませんか。ガレスのことです。」
「あいつがどうした?ケガでも…,いやないか。あいつは強いからな。それにそんなことになれば、卿が相手を許すまい。それこそ,アヴァロンまででも追いかけて,傷つけた相手の首を取ってくるだろうし。」
「やれやれ…。私とてそこまで過保護ではありませんよ。正当な理由がある戦での負傷なら,相手にかたき討ちとして単身で決闘を申し込むくらいで済ませます。」
「もちろん昼間に、だろう?」
「無論ですが,なにか?」

けろりと言いやがる。
太陽の騎士ガウェイン。
 聖なる数字,精霊の加護により,日中では3倍の力を発揮するこの騎士様と,バカ正直に昼間っから決闘をする阿呆がいるわけないだろうに。

「十分過保護だろうに。」
「何をおっしゃる。正々堂々決闘なれば,互いに騎士としての面目もたつ。私に勝てば,名も売れる。相手に利しかないではないですか。」
「その利を取るための障害がすでに高すぎるのではないかね。」
「そのようなことはないでしょう。日々修練を重ねていれば,私に勝つ騎士など,いくらでも現れましょう。」

 これである。
ガウェインの生地たるオークニーには,化け物しかいないのかね,まったく。 
いや,家族の多くが円卓入りしている家系である以上,実際ありえそうで怖い。

「はいはい。それはそういうことにしておくさ。で、ガレスに何かあったのか?」
「…卿は,ガレスが「女」であることは知っておられますよね。」

 後世では,円卓の騎士ガレスは,男とされている。
しかし,我らの歴史ではガレス卿は,女性だった。
つまり,このガウェインの妹なのである。

「そうだな。アイツが厨房勤めをしていた以上,それくらいは把握している。」
「今やガレスも円卓に名を連ねる騎士です。ランスロット卿に鍛えていただいておりますが,いずれは我が王のような騎士になるのだ,と息巻いているようでして。」

 湖の騎士ランスロット。
ガレスを,騎士に叙任し,その育成に心を砕いているとは聞いていた。
個人的には,何かから逃れるため,無心になれるもの,ないしは希望にすがるために,必死になっているように見えるがね。

 「そうか。微笑ましいことじゃないか。」
「それは,そうなのですが…。…これでいいのだろうかと,最近思うのです。円卓の騎士,あるいは,オークニーのロト王の継嗣としてではなく,兄として,彼女にこのまま,騎士としての生を全うさせてよいのだろうかと。」

「…そうか。」
耳が痛い話だ。

 それを,その話を,よりにもよって,オレにするのか。

「そこで,折り入ってご相談なのですが…。」

 誰かよき騎士を都合してやればいいだろうか。
 並大抵の騎士では,家柄と釣り合わんし,なかなか難しいか…
 難しい問題になりそうだが…。

「卿に,ガレスを妻としていただけませんでしょうか。」
「…は?」

(3)
 予想していた話の斜め上をいかれてしまった。
なぜ?

「なぜ、オレなのだ?」
「貴卿は我ら円卓最古参の騎士であり,実力もおありです。また,司厨長として,我ら円卓の中で最もガレスを身近に見ていらっしゃいました。ガレスのこともよくわかっておいででしょう。」
「それはそうだろうが…。」

「また、先ほど,奥方の実家に悪いとおっしゃっておりましたが,我らであれば気にしません。」
「あー…。」
どうやら先に逃げの一手を打ったつもりだったが,悪手だったようだ。

「何より,卿が名付けたのですよ?ボーメイン,美しい手と。人の容姿をあまり俎上に上げない卿が褒められたのです。ガレスはいまだ若く,幼いところも多いでしょうが,成長すれば,きっと美しい娘となりましょう。」
「まあ,身びいき,とは言えんな。実際,ガレスは美しい。」

 それはそうだ。
明るく,色白で,穢れを知らないような瞳。
ボーメイン,「美しい手」。
オレが名付けた二つ名は,当て擦りではあったが,反面,本当に美しいと思えたからつけたのだ。
まあ,「台所の騎士」については,完全に嫌味ではあったが。

今のガレスでさえ,そうなのである。
数年後には,城内の男連中が放って置かないような,美人となるだろう。
しかし,だ。

「であれば」
「その話,本人にはしたのか?」
「それはまだ。しかし,家長として,一族の娘を婚儀に出すことに,不服を言わせることはありません。」
「そういうことじゃない。」

 どうやら,このトンカチは,肝心なことに気づいていないらしい。

「何が、でしょうか。」
「いいか。ただの貴族の娘の婚儀であれば,お前さんの理屈は通るかもしれない。」
我らの時代,貴族同士の結婚は,政略結婚の意味合いも大きく,相手を選べないのは普通のこと。
ガウェインの主張も、一理ある。
普通ならば、だが。

「しかし,此度はそうではない。ガウェイン卿。貴殿は,2つ間違えている。」
何が,と言いかけている太陽の騎士へ,居住まいを正し,話す。
これは,理屈を説いてやらねばならない。
先達として,同じ過ち,同じ後悔をさせないために。

(4)
「まず1つは,ガレス卿は,我ら円卓の一員であるということだ。我ら円卓の騎士は,平等だ。我が王であっても,そこは譲らぬだろう。同じ円卓の騎士の一員たる卿からの命令により彼女が結婚する,ということを,我らが王は許さぬだろう。例え兄であろうと,同じ円卓なのであれば,等しく王を,そしてこの地の民を守るという任に就く者。そこには,王以外からの命令と,それに対する服従というのはそぐわないし,あってはならない。それが,円卓の騎士であり,我らが守るべき掟でもある。」

 まずは理屈だ。
「我らが王」が「円卓」に皆を座らせるのは,「平等」を望んだからだ。
まあ,「円卓」というマーリン作成の魔道具がことの発端である以上,アイツの入れ知恵か思惑もあったのだろうが,それでも「我らが王」は,その意志により,こう決断された。
そこにある以上,立場は平等。
よって,臣下同士での命令と服従など,許すわけもないだろう。

「しかし」
「そしてもう1つは,彼女が,自分の意志で我らが城を訪れ,騎士となることを望んだという点だ。卿は,妹君が可愛くはないのか?」
「何をおっしゃる。可愛いに決まっております。」
「では,可愛い妹君の夢を,我らが王のような騎士になりたい,そんな輝かしい未来を見ているガレス卿の瞳を,卿は潰すことができるのか?」

 そう。
こちらこそ,オレが譲れぬ所だ。
同じ「兄」として,「妹」の幸せを祈る者として。

「は?」
「奥方に聞いてみよ。騎士の妻としての仕事をこなしつつ,冒険ができるか,と。きっと無理だとお答えになるだろう。オレもそう思う。我らが王の妻というならいざ知らず,我ら宮仕えの騎士の妻は,あれやこれやと色々忙しいものだ。司厨長として,この城でその辺りを預かる者として,そこははっきりと言っておこう。」
「そのようなものでしょうか。」
「そのようなものだ。であれば,貴卿は,可愛い妹君の夢を,その手で奪うことになる。その覚悟が,卿にお在りか?」
「それは…。」
「そして,その片棒をオレに担がせる度胸もお在りか?まあ,こちらは大した問題ではないが。」
苦笑いとともに,太陽の騎士がこちらを見る。
さすがにこたえたようなので,このくらいで勘弁してやろう。

(5)
「…。では,私は,どうすればいいのでしょう。私は兄として,ガレスには,女としての幸せをつかんでほしいと,真摯に思っているのです。」
「それはわかるがね。真実,それは卿の善意だろう。真心だともいえる。その心を,オレは否定はせんよ。同じ兄として,兄弟姉妹の幸せを祈ることは,オレにもあった。まったく美しいことだ。」
「では」
「しかし,本人の望みを無視しては,それは独善だ。」
そう。
オレと同じ過ちを,可愛い甥っ子殿に,犯させるわけにはいかんのだ。

「先達として助言をしよう。「好きにさせたまえ」だ。貴卿には,耳が痛い言葉ではないかな?」

 太陽の騎士が,その妻を娶るきっかけとなった言葉である。
「女が真に求める言葉とは何か」という問いかけ。
呪いにより,昼美しく夜醜いか,夜美しく昼醜いか,そのどちらかしかないので,夫であるサー・ガウェインがどちらかを選べという選択。
その2つに対する,共通する答えとして,サー・ガウェインの奥方が求めた言葉。

「…卿にはかないませんね。」
「弁舌だけで竜種にも勝る。それがオレの売りだからな。」
「まったく,その通りかと。」
ようやく,サー・ガウェインへいつもの輝きが戻ってきていた。

「第一,騎士叙任最初の冒険で,手初めにオレを返り討ちにして槍を奪っていった女なんぞ,どんなに見目麗しくても娶れると思うか?なにかあるたびにのされる未来しか見えん。」
「何かしなければいいのではないでしょうか?それに,返り討ちにあったのは,貴卿の実力不足。共にランスロット卿に鍛えてもらうのもよいかと思いますがね。その際には,無論私も,全力で胸をお貸ししますとも。」
「ぐっ…。」

「これは兄様、ではなく!ガウェイン卿,ご機嫌麗しく!」
弾むような,仔犬のような,明るい声が響いていた。

(6)
「ガレス卿。これはご機嫌よう。卿も王へのご挨拶ですか?」
「はい!冒険へ出ることのご許可を頂戴してまいりました!」
「ほー。ちびっこ騎士様が,ねぇ。」
「卿もいらっしゃいましたか。ごきげんよう。私が一人で冒険に行けるかご心配でしたら,胸を貸してもらってもいいのですよ?何時ぞやはそれで御身がどうなりましたか,お忘れのようですし!」
「まったく…。ガウェイン卿。この通り,こいつはこのままでいいのさ。」
「どうやら,そのようですね。」

 幼さと先が見えぬことで輝く希望。
その2つが同居する,美しい瞳。
それは,今を精一杯生きることでのみ,輝くもの。

「ん?どういうことでしょうか?」
「ちびっこにはまだまだ早い話さ。気にすんな。」
「もー!ちびっこ言わないで下さい!」
「ハハハ。」

 その尊さに,いまだ気づかぬのは当人のみ。
それでいい。
先達が先回りし,当人のまだ見ぬ景色を,楽しみを摘んでしまうことは,悲しいことだ。
悲しみに暮れることとなろうとも,それは本人だけの思い出となろう。
その思い出が,いずれ美しい記憶となることもあるのだろうから。

「ちびっこは置いといて,兄として,先達として,我らはガレス卿の道行きに幸多からんことを祈っている,そんな話をしてたところさ。もう出立だろう?道中,気を付けてな。星の導きが,多くの良き出会いが,ガレス卿にあらんことを。」
「…たまに卿は兄様たちより兄様らしいことをおっしゃいますね。ちょっとびっくりします。でも,お言葉もお祈りも,ありがたく頂戴します。」

面食らったような顔をして,それでも,キラキラとした瞳でこちらを見て,真っ直ぐ,真摯に答える。
この輝きこそが,ランスロット卿がガレスを近くに置く理由なのかもしれない。

「おや,何やら聞き捨てならないことを言われた気がしますが,出立前ですし不問としましょう,ええ。気をつけてくださいね,ガレス。」
「この城を守る騎士として,無事,我らがキャメロットで,再びガレス卿と会えることを祈る。ちゃんと帰って来いよ。」
「はい!では,お二人とも,行ってまいります!」
小さな嵐のような喧騒が去り,しばしの静寂が訪れた。

(7)
「…我らが王の婚儀には,選択の余地はなかった。ガレスには,自分で,自分の腕と,足で,幸せをつかんでほしいのさ。」
「そうですか…。そこまで想っていただいてるのであれば,なおのこと,と思いますが。」
「まぜっかえさないでくれ。それに,アイツには心に決めたヤツがいるんじゃないかな。」
「なんと!それはどこの誰ですか!まずは我ら兄弟に勝てるかの試験をしなければなりませんね…。」
「おー怖い怖い。アイツが婚儀を果たす日は来るんだか…。」

 ガレスの想い人,その想い人の想い人,その恋の果て…。
それら全てについて,なんとなくの想像はつくが,今は忘れよう。
一切がつまらん司厨長の杞憂で済むことを,祈りながら。

 我らが島の冬は厳しいが,いずれは春が来る。
新たな世代の騎士たちの成長とともに。
彼らが集う,この城で,出迎える準備をしておかなければ。

(8)
「おーい,ランサー!どこに行ってたの?」
「これは我が主。見るもの全て珍しいのでね。少しその辺を散歩でもしようかと思ってな。」
「あんまり遠くに行かないでよ?ランサー,弱っちそうだし,一人でいたら危ないんだからさ。」
「手厳しいな。こう見えてもオレは,弁舌だけで竜種を倒す男としてだな…。」
「はいはい。口だけ達者なんだったら,カエサルでも来てくれればよかったのに。」
「ぐっ…。」

 隣にあるこのまだ年若い魔術師。
結果ではあろうが,人類最後のマスターらしい。
この双肩に,世界の命運がかかっている。
背負うには,重すぎる荷物だろうに。
懸命に背負って,立っているのか。

 ふとそんなことを思いながら。
それでも,この年頃の少年少女を見れば,守ってやりたいと思ってしまう。
アイツに重ねている。
それを自覚しながらも,やめることができない。
それが,オレという「英霊」なのだろう。

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