見出し画像

第114回/エミン・ユルマズ、永濱利廣『「エブリシング・バブル」リスクの深層――日本経済復活のシナリオ』


人気エコノミスト2人の初対談集

『理念と経営』で、連載「指標に『未来』を見る」を長く続けて下さっている永濱利廣氏(「第一生命経済研究所」首席エコノミスト)――。言うまでもなく、マスコミにも引っ張りだこの人気エコノミストです。

当連載では、過去に2回、氏の著作を紹介しました。
第16回の『日本病――なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)と、第48回の『給料が上がらないのは、円安のせいですか?――通貨で読み解く経済の仕組み』(PHP研究所)です。

今回も、先月(2024年9月)出たばかりの氏の新著『「エブリシング・バブル」リスクの深層――日本経済復活のシナリオ』を紹介しましょう。
これは単著ではなく、トルコ出身で、日本で活躍するエコノミスト/グローバルストラテジストであるエミン・ユルマズ氏との対談集です。

エミン氏は近年、日本で立て続けに著書を出しており、テレビ、雑誌等への登場も多いので、ご存じの方も多いでしょう。
氏は、次のような華麗な経歴の持ち主です。

1996年、高校3年生のときに、「国際生物学オリンピック」で世界チャンピオンに輝きました。翌97年に、国費留学で来日。日本語学校に通い、1年後には東京大学理科一類に一般受験で合格。工学部を卒業し、同大学院で生命工学修士を取得。

その後は、2006年に野村証券に入社し、M&Aアドバイザリー部門に携わります。また、15年には四季リサーチに入社し、同社のグローバルマーケティング担当執行役員も務めました。そして、2024年には自身の会社レディーバードキャピタルを設立。
また、エコノミストとしての活躍のかたわら、日本最大規模のポーカー大会「ジャパンオープン」で優勝するなど、ポーカープレーヤーとしても知られています。

経歴を見ただけで、「只者ではない」感じが伝わるでしょう。
本書は、永濱利廣氏とエミン・ユルマズ氏という人気エコノミスト2人の、初の対談集です。

「エブリシング・バブル」とは何か?

タイトルの「エブリシング・バブル」という言葉を見て、「何のこと?」と首をかしげる向きもあるでしょう。

普通、バブル経済といえば、「ITバブル」の例にみるように、経済の1セクターだけで起きるものです。1980年代の日本で発生したバブル経済も、その影響は社会全体を覆ったものの、実態としては「不動産バブル」でした。
にもかかわらず、「エブリシング(すべて)」のバブルだというのですから、言語矛盾のようにも思えます。

聞き慣れないのも無理はありません。これはエミン氏の造語なのです。
氏はこの造語を、近年に刊行した著作のタイトルにくり返し用いています。『エブリシング・バブルの崩壊』 (集英社/2022年)、『エブリシング・バブル 終わりと始まり』(プレジデント社/2024年)、そして本書という具合です。

では、経済のすべての領域で起きる「エブリシング・バブル」とは、いかなる現象を指すのでしょうか? エミン氏自身がインタビューで説明した言葉を引いてみましょう。

《2008年に発生したリーマン・ショック以降、世界各国の中央銀行は大規模な金融緩和を実施しました。マーケットに「緩和マネー」がじゃぶじゃぶ注ぎこまれた結果、ありとあらゆる資産が「バブル」となっています。(中略)
 普通のバブルなら一部の資産だけが暴騰するのですが、近年起こっているのは、「ありとあらゆる資産がバブル」という現象です。(中略)私はこの現象を「エブリシング・バブル」と呼んでいます》(講談社「+αオンライン」のインタビュー/2024年9月18日配信)

現在の世界経済は「ありとあらゆる資産がバブル」という非常に危うい状況にある……というエミン氏の認識を、対談相手の永濱氏も大筋では共有しています。その共通認識を前提に、世界経済の現状と展望を語り合ったのが本書なのです。

次は「AIバブル」が崩壊?

あらゆる「バブル経済」は、早晩崩壊するものです。エミン氏は「エブリシング・バブルはいずれ崩壊する」と警告を発してきましたが、それを本書でもくり返しています。
たとえば、第1章の次のような発言――。

《中国の不動産バブルはすでに崩壊しています。(中略)
 バブル崩壊は何も中国に限った話ではありません。アメリカでもさまざまなバブルが発生しては、すでに崩壊しています。そのうちの1つが「暗号通貨バブル」。(中略)
 その上、2024年に入って「EVバブル」の崩壊も伝えられました》

いちばん目を引くのは、いまは「AIバブル」でもあり、その崩壊が遠からず起きるだろうという指摘です。エミン氏は、半導体メーカー「エヌビディア」の株の急騰を、AIバブルの象徴として挙げています。

《エヌビディア株は「理想買い」で買われすぎています。要するに、「これからAIがすごいことになりそう」とか、「この会社の製品はもっと売れる」といった期待感をもとに、先回りして買われているのです。(中略)
 AIが本当に世界を変えるとしても、その株価が過大評価なら、暴落は避けられない。
 いまはAIと名のつく銘柄なら何でも買われている状況で、ITバブル時の雰囲気に近いと思います。どこかで相場が崩れ、その後業績相場(※引用者注/実際の業績に見合った相場の意)に移行するでしょう》

もっとも、エミン氏のこの指摘に対し、永濱氏は《大筋では同意できるのですが、私自身はまだ(AIバブル崩壊について)確信が持てないところもあります》と、慎重な見方をしています。
《「生成AI」が産業革命レベルのインパクトをもたらすと言われています。本当にそのレベルの変化が起きるのなら、AI株はバブルではない、という主張もあります》と……。

このやりとりだけを見てもわかるように、本書は、「もうすぐエブリシング・バブルが崩壊するぞ」と読者の危機感を煽り立て、そうすることで本を売ろうとするような内容ではありません。もっと冷静で客観的な見立てが、世界経済・日本経済に対して示されているのです。
ただし、タイトルに言う「『エブリシング・バブル』リスク」を、私たちは常に意識しておく必要があるでしょう。

「日本経済の未来は明るい」と希望が見える本

「エブリシング・バブル崩壊」のリスクに警鐘を鳴らすことが本書の大きなテーマの1つですが、そこだけを強調すると、「世界経済・日本経済の先行きに暗雲を見る、悲観的な内容なのだろう」という印象を受けるかもしれません。

しかし、じつはまったくそうではありません。
帯に「激動の世界経済、それでも株も賃金もまだまだ上がる!」という惹句が大書されているように、本書はむしろ、日本経済の先行きは明るいと見る、希望に満ちた内容です。だからこそ、本書の副題も「日本経済復活のシナリオ」になっているのです。

たとえば、エミン氏は日経平均が《早ければ2025年後半、遅くても2026年前半ごろには5万円台に乗せると思います》と予測しています。
そして、その言葉に応えて永濱氏も、次のように述べています。

《私も、エミンさんよりは若干慎重かもしれませんが、日経平均は上がると思います。「2025年までに5万円」かはわかりませんが、2030年までにはいくでしょう。こう言うと、「日本経済が復活できていないのに、なぜ株価が上がるのか」と質問を受けますが、株価と日本経済の景況感は根本的に別物なのです。
(中略)
 日本の大企業の多くはグローバル展開しています。国内市場は少子高齢化で縮小していますが、国内で稼げなくても、海外で利益を上げている企業も多いのです。
 だから、日本経済が成長していなくても、世界経済が成長していれば、日本企業の利益は増えていくので、日本株は今後も上がると考えられます》

日経平均は現在4万円前後まで上がっていますが、5万円どころか、4万円という数字に対してさえも、「日本の株価は高すぎる。バブルだ」という声があります。
その理由の1つとして、「バブル期でさえ、日経平均は4万円以下だった」(バブル期の日経平均ピーク値は38,915円87銭)ということが挙げられるでしょう。

しかし、両対談者は揃ってその見方を否定し、「いまの日本株はバブルではない」と明言しています。

《株価を見る際に使われる指標に予想PERというものがあります。株価を予想利益で割ったもので、この数字が高いと割高ということになります。
 バブル期の日経平均の予想PERは60~70倍くらいありました。一方、現在の日経平均の予想PERは16倍程度です。つまり日経平均はバブルではないということになります》(永濱氏の発言)

さらにエミン氏は、将来的に「日経平均30万円時代」すら到来すると予測しています。

《あと30年くらいは日経平均は上昇を続けると考えられます。これをもって、私は「2050年に日経平均株価は30万円を超える」と予想しています。
 30万円というと驚かれるのですが、このまま円安が進み、仮に1ドル=300円くらいになると、「日経平均30万円」がもっと早く実現すると思います》

これはほんの一例ですが、本書の随所に、第一線のエコノミスト2人が日本経済の未来は明るいと太鼓判を押す箇所があり、読んでいて希望が湧いてきます。

中小企業経営者にも学びが多い1冊

本書は世界経済・日本経済を大局的視点から分析する対談集なので、中小企業経営の細かいノウハウが得られるわけではありません。

しかし、言うまでもなく、中小企業も世界経済や日本経済の影響を受けています。その意味で、中小企業経営者にとっても、本書を読んで経済のメガトレンドを把握しておくことは、大変有意義でしょう。

たとえば、読者の中には中国を相手にビジネスを行っている中小企業経営者も少なくないはずです。本書には、米中関係悪化の影響など、中国経済の先行きが語られたパートもあるので、ぜひ読んでいただきたいと思います。

それ以外にも、経済のメガトレンドを語りつつ、中小企業経営にも関係するくだりが随所にあります。たとえば――。

《よく、「大企業は賃上げしているけど、中小企業は賃上げしていない」と言われますが、グラフを見る限り事実ではありません。(中略)企業規模別に見ると、大企業の賃金は下がっています。むしろ賃金が上がっているのは中小企業です。
 背景としては、中小企業のほうが人手不足に直面しているため、積極的に賃上げして人材をつなぎとめていると考えられます》(永濱氏の発言)

このように、中小企業経営者にとっても学びの多い1冊です。全編が対談形式で読みやすいので、ぜひ読んでみてください。

エミン・ユルマズ、永濱利廣著/講談社+α新書/2024年9月刊
文/前原政之


いいなと思ったら応援しよう!