見出し画像

第116回/竹村俊助『社長の言葉はなぜ届かないのか?――経営者のための情報発信入門』


経営者の「顧問編集者」としての経験を踏まえて

今回取り上げる『社長の言葉はなぜ届かないのか?』の著者・竹村俊助氏は、ダイヤモンド社など複数の出版社で編集者としてのキャリアを積み、多くのベストセラーを生み出してきた方です。

その後、2019年に独立して株式会社WORDSを立ち上げ、代表取締役に就任。同社では、「顧問編集者」としての仕事を主に行ってきました。

「顧問編集者」……聞き慣れない言葉だと思います。それもそのはずで、これは竹村氏が“創出”した新しい職種なのです。
氏が自らの「note」の記事《社長の隣に「編集者」を》で説明している言葉を引きましょう。

《企業には「顧問弁護士」「顧問税理士」などがいることが多いですが、ぼくはこれから経営者の隣に顧問としての「編集者」が必要なんじゃないかと思って始めた仕事です。
(中略)
経営者が未来をつくる「クリエイター」だとすれば、その隣に「編集者」がいるのは自然なのではないか。この仕事は「経営者の思考を適切な言葉、適切なメディアで届ける」のが主な目的になります》

第一線の編集者として活躍してきた竹村氏が、その経験を踏まえ、経営者を言葉の面でサポートするのが顧問編集者なのです。

WORDS創業以来の5年間で、竹村氏は30人以上の経営者の顧問編集者を務めてきました。その活動を通じて身につけてきた知見を、1冊にギュッと詰め込んだのが本書。副題のとおり「経営者のための情報発信入門」なのです。

社長の言葉が届かない「3つの原因」

顧問編集者の仕事は、経営者の言葉が社員や顧客、採用候補者、投資家などにきちんと「届く」ようにすること――。その仕事を続けてきた竹村氏には、書名の問い『社長の言葉はなぜ届かないのか?』の原因が、誰よりもよく見えているはずです。

原因は、「そもそも届ける気がないから」「つまらないから」「届け方が不適切だから」の3つに大別できると、氏は「はじめに」で言います。
それらの原因を1つずつつぶし、社長の言葉を「届く」ようにするためのガイドブックが、本書なのです。

たとえば、「そもそも届ける気がないから」とは、《会社の発信は広報や外部のメディアがやればよくて、経営者は経営をすることに注力すべきだ》と思い込んでいる社長が多いことを指します。

しかし、それで済んでいたのは昔の話で、《今は経営者自身が前に出るフェーズ》なのです。その背景と理由については、第1章《なぜ今、経営者自身が発信すべきなのか?》と、第2章《「経営者の言葉」がもたらす計り知れない効果》で詳述されています。

『理念と経営』の「巻頭対談」にもしばしばご登場いただいている経営学者の楠木建先生(一橋ビジネススクール教授)が、本書の帯に「推薦の辞」を寄せています。《言葉の力は経営力の中枢にある》と……。
まさに、これからの経営者は「言葉の力」を磨くべきであり、そうすることでおのずと経営力も磨かれていくのです。

「情報」ではなく「コンテンツ」を届けよ

自分の言葉を「そもそも届ける気がない」社長をレベル0だとすれば、次のレベル1は、届ける努力はしている社長たち。たとえば、「私はちゃんと情報発信している。コーポレートサイト(自社の企業サイト)に自分のコラムを持っていて、月に1度は更新している」などという人です。

しかし、そうした人たちのうち、《本当に届いているケースはごく一部》だと、竹村氏は指摘します。残りの大半は、「つまらないから」「届け方が不適切だから」のいずれか(もしくは両方)によって、届けるべき人に届いていないというのです。

「つまらないから」とは、単に「社長の文章がヘタだから」という意味ではありません。もっと根本的な「スタンス」の問題です。

よくあるのは、《各方面に気を遣ったり、「企業っぽい」発信をしてしまったりすることで届かないものになってしまう》ケース。
社長個人の思いが言葉に反映されず、「会社を主語」にした単なる情報を流すだけになっているから、せっかく書いてもあまり読まれないのです。

《情報が溢れている現代において、ただ無味乾燥な情報を流すだけでは見てもらえません。ある程度面白い「コンテンツ」にする必要があります》と、竹村氏。社長の言葉を「情報」ではなく「コンテンツ」にしなければ、誰にも届かないというのです。

「そう言われても、いったい何をどうしたらいいのか?」と、途方に暮れる経営者もいるでしょう。でも、心配御無用。社長の言葉をコンテンツ化するノウハウは、本書の3~6章で懇切丁寧に解説されています。全7章のうち、じつに4章までがコンテンツ作りに割かれているのです。

そこにはたとえば、《成功話、自慢話は嫌われる》から、《苦労話や失敗話を書くことをオススメします》というアドバイスがあります。
また、会社のビジョンだけを書いても読む人には伝わらないから、なぜそういうビジョンを抱くに至ったのかという社長の原体験とセットで書くべきだ、とも。
いずれも、多くの企業経営者を取材してきた私から見ても、的確なアドバイスです。

ネタ切れにも、「文章が苦手」にも対応

また、経営者が発信を始めても、「もう書くことがなくなった」というネタ切れにすぐ陥りやすいものです。それを避けるための《ネタ切れしない! 「年間コンテンツマップ」》という項目が、本書にはあります。竹村氏が《経営者の発信をお手伝いするとき、ベースにしている》ものだそうです。

月に1回程度コンテンツを発信するとして(この頻度が理想的だとか)、「年間コンテンツマップ」に沿って12本のコンテンツを作れば、1つの企業、1人の経営者についての「発信の基盤」が1年で出来上がります。その基盤から少しずつ充実させていけばよいのです。

この「年間コンテンツマップ」と並んで、私が高い価値があると思ったのは、《いいタイトルかどうかのチェックリスト》という項目。コンテンツにタイトルをつけるとき、それが「いいタイトル」(人目を引き、クリックされやすいタイトル)であるかどうかをチェックするためのリストです。

編集者としての豊富な経験に裏打ちされたチェックリストであり、これを参考にすれば「いいタイトル」がつけられるようになるでしょう。それは、社長の言葉を幅広い読者に届けるための大切なポイントなのです。

ここでは2つの項目に光を当てましたが、それ以外にも、経営者の言葉をコンテンツ化するノウハウが、微に入り細を穿って紹介されています。

中には、「私は文章を書くのが大の苦手で、コンテンツ作りなんて、とてもできない」という経営者もいるはずです。その場合、社内の広報担当者などに本書の第5章《コンテンツ作りは「取材」が9割》を読んでもらうとよいでしょう。
この章には、経営者を他の誰かが取材して話をまとめる形のコンテンツ作りが、一通り解説されているからです。

社長の言葉が届くと、採用にも好影響

社長の言葉が届かない原因の3つ目――「届け方が不適切だから」とは、どういう意味でしょう?

届けるためのツールには、マスメディアからSNSまで、あらゆる手段があります。それらを《うまく使いこなしながら、適切な人に届けていく》ことが大切だというのです。

では、どういうツールで、どんな伝え方をすれば適切なのか? それが詳述されるのが、最後の第7章《「noteとX」が最強の組み合わせ》。
章タイトルから明らかなように、竹村氏はnoteとX(旧ツイッター)を組み合わせて発信ツールとすることを推奨しています。

社長はコーポレートサイトで発信するケースが多いでしょうが、それは不特定多数(たとえば、採用候補者たち)に言葉を届けるツールとしてあまりふさわしくないし、《オフィシャル感が出すぎてしま》う点がマイナスだと言います。
会社を主語にするのではなく、社長個人が発信の主語となるべきだというのが、本書の主張であるからです。

では、そもそも、経営者の言葉を適切に届けることには、どのような効果があるのでしょう? それは《営業、広報、採用、ブランディング、インナーコミュニケーションなどあらゆる方面に影響がある、最もレバレッジの効く施策》だと、竹村氏は言います。

さまざまな効果のうち、良い人材の採用に役立つことが、本書では意外なほど強調されています。
人材獲得競争が激化するなかで、《企業はすでに「選ばれる」側》であり、採用候補者に自社を「選んでもらう」ためにも、経営者側からの発信は不可欠なのです。

《きちんと会社や経営者の哲学、思い、文化を伝える必要がある。つまり企業側も「履歴書」を提示しなければ、優秀な人材から選んでもらうことはできないのです》

そして、たとえば社長のnoteやXを常に読んで、その内容に共感して応募してきた求職者なら、入社後もうまくやっていける可能性が高いでしょう。良い人材が、しかも高額な採用エージェントなどを介することなく集められるのです。

昔もいまも、中小企業の大きな課題である採用。そこに役立てるためにも、社長による情報発信は積極的に行うべきなのです。

以上のように、本書は経営者の情報発信のAtoZを丹念に教えてくれる内容であり、中小企業経営者にも有益です。
これまで自分なりの発信を続けてきた経営者にとっては、その改善に役立つでしょう。逆に、これまで特に発信をしてこなかった経営者にとっては、最初の一歩を踏み出すために背中を押してくれるでしょう。

竹村俊助著/総合法令出版/2024年10月刊
文/前原政之

いいなと思ったら応援しよう!