百合姫読切感想・考察集⑥「その日、ナイトデートなので。」

 気づけば令和3年度が始まっていた。この感想・考察集(のような何か)も半年分くらいになってきたが、思い返せば先月の百合姫4月号分は書くのをサボってしまった。別段誰が見ている訳でもないのでいいのだが、とりあえずウマ娘が面白すぎるのが悪いとだけ言っておこう。あれ主人公女性にするといろんな百合が楽しめてほんとおススメなんですよ。

 というわけで、今回はコミック百合姫5月号に掲載されている読切の中から、大沢やよい「その日、ナイトデートなので。」の感想を書いていきたい。どことなくメッセージ性を感じる、春から社会人になった方には是非読んでほしい作品になっていた。

あらすじ:都内で広告デザイナーとして働く山田朱陽香(スピカ)の元に、地元の星空をPRするための広告を作ってほしい、という仕事が舞い込む。依頼主である星野奈緒が持つ情熱に、始めは内心冷ややかだったスピカだったが…?

・”起承転結”の王道作品

 表紙にも書かれている通り、本作は表紙含め44ページとかなりのボリュームを誇る。その一方で、場面場面の転換が非常にはっきりしており、読み手に内容を理解させやすく、また常にある種の新鮮さを与える作りになっていると思う。

 私は起承転結を用いて作品を理解する癖があるのだが、本作はまさにその区分けがぴったりな王道作品に仕上がっていると感じた。即ち、

①P2~P13  スピカと星野の打ち合わせ

②P14~P22   スピカの生き方について

③P23~P41   二人で星空を見る

④P42~P44   広告完成

という感じである。導入の①で本作の「カップリング」がどんな人なのかを紹介しつつ、②ではさらに本作のテーマに関わる要素を出していく。見せ場の③はページ数を取りつつ、①・②で読み手に伝えた二人の人物像を活かして、それがどう変化していくのか、どのような影響を及ぼすのかを十二分に描く。④はここまでやってきたことを踏まえて、「百合」の誕生を描く。まさに王道とも言える作りだと言えよう。

・どんな表情でタイトルを回収するのかを妄想する

 本作のタイトル「その日、ナイトデートなので。」は、恐らく結末部分で星野が誘っていた流星群を一緒に見る、という約束に繋がっているのだろう。作中では星野がスピカを天体観測に迎えに行く前のシーンで、スピカの同僚の人が呑みに誘うのを、「きっぱりと」「作業中のパソコンから目線を移すことなく」「明日も仕事という理由で」断っている。それが本作終了後、流星群を見る約束の日に同じく呑みに誘われた時はどう返すのだろうか。同僚から「山田さん○○日予定あるー?」みたいに言われた時、きっと約束の日に向けて仕事を片付けるためにパソコンに向かっている所は作中と同じだと思うのだが、そこから「視線を誘った人に向けて」「ゆっくり丁寧に」「その日、ナイトデートなので。と微笑を湛えながら断る」ような気がする。まぁ私の妄想なのだけれど、とにかく、このタイトルを話す時のスピカの様子を想像すると、作中を通してスピカがどのように変わっていったのか、そしてスピカと星野、二人の百合の一端が見えるような気がして、大変良い気持ちになる。

・スピカの格好良さと星野の情熱

 ところで、スピカと星野、この二人のキャラクターとしての魅力も、本作を語る上では欠かせない部分であろう。

 作中で星野が「都会の女」と評したスピカは、バリバリのキャリアウーマンで、社会のリアルに対して妥協的で、所謂「冷めた」人である。一方、ススピカが「やる気マンマン」と評した星野は、(大卒だとすれば)社会人になってまだ1年ちょっとの駆け出しで、やる気があり、行動力に溢れている。特に星空に対する行動力は本物で、スピカを迎えに行くシーンも、普通出発前に連絡するであろう所を、2時間半の距離を経て東京に来てから連絡しようとしていた、という行動力っぷり。いきなり来た星野に対して断ることを「無駄な抵抗」だと思わせたり、天体観測の準備シーンでの手際の良さは、まさに「星が大好き」というところが伝わってくる。

 そんな星野の行動力が本作の展開を作っていくのだが、ところがどっこいラストシーンで「攻め」に転じるのはスピカの方である。依頼された広告を作ったシーンでも、臆面もなく星野に対して愛の告白めいたことを話すあたり、もうかっこいいとしか言いようがない。これまでは「ムダなことに労力を割くのをやめて」いたスピカなのだが、これからはどんなことも「見過ごさない」ように、自分に後悔しない生き方をするのだろう。しかし、天体観測のシーンまではあんなに自分からボディタッチを繰り返していた星野も、これからはむしろ受けに回っていくのだろうなぁ…、と思ったり。

・必要なのは上を向くこと

 自身の境遇がどのようなものであれ、「もっと良くしていこう」という上方比較志向と、「自分よりも下がいるから大丈夫」という下方比較志向を取る2種類の人間がいる。スピカは仕事が忙しく日付が越えるまで帰れなくても「布団で眠れるだけありがたい」「私より仕事抱えてる人普通にいるし」と、自身の境遇を甘んじて受けいれて、「10年後も20年後も同じような毎日を繰り返」すことを予見している。それは今の生活を続けても、未来でも現状維持を繰り返すだけのリソースの使い方をしているということではないかと思う。勿論今が楽しければ、何十年でも現状維持を望んでもいいのかもしれないが、スピカの場合は明らかに違う。「布団で眠れるだけありがたい」「忙しい…けど」と。自身の忙しさを自覚し、厳しい状況にいることも分かっているのだ。この状況を変える力を持っていなかった、いや、持とうとしなかった彼女を、星野は変えたのだ。

 スピカはデザインに対して「いらないものを削ぎ落としてようやく必要なものが見えてくる」と言っている。それは省エネで、コストのかからない生活などではなく、宇宙の黒の中に光る星のことではないだろうか。スピカは自分自身の星を見つけることが出来ていなかったが、星の周りを宇宙の黒で削ぎ落とすことで、星を見つけることが出来たのだ。山で星を見る前、スマホを見ようとするスピカを星野が制止するシーンがあるが、このシーンは単純に星を見るための予備動作という面だけではなく、今までの生活からの脱却の隠喩でもあったり、停滞した日常や必要以上の仕事といった「いらないもの」からスピカを離れさせて、「余暇」や「感動」という必要なものを見えるようにした、という意味合いにも取れると思う。そして必要なものを見せてくれた星野という存在もまた、スピカにとって必要な存在なのである。

・ラストのコマは二人にとっての最初の一コマ

 本作には特徴的なコマがいくつかあるが。特にラストのコマは二人の周辺に何も描かれておらず、コマの上部に星空、下部に光のエフェクトのようなものがあるくらいで、読み手の記憶にもよく残っているのではないだろうか。

 このコマについて、4ページ前はコマ全体を覆う星空の中、二人が手を繋ぐ、という構図に似ている気もするが、今回は何故空白部分を多くしているのだろうか、とも思う。なんとなく考えてみると、やはりスピカの「いらないものを削ぎ落としてようやく、必要なものが見えてくる」という言葉が関わってくるのではないかと思う。即ち、スピカの世界にとっての「必要なもの」がこのコマに詰まっているということだ。これまで「見過ごしてきた」ものを、星野との天体観測をきっかけに探していくようになったのだから、現状では星野と星空しか無いコマになっているのだが、これから二人で過ごす時間が長くなっていくうちにもっと増えていくのではないだろうか。だからこそ星空はコマの上部だけにしか存在しないのだ。また、コマの中心に二人を置くことによって、百合という一つの世界にとって「必要なもの」は、突き詰めれば二人の女性なのである、という百合哲学的なコマにも…これは流石にないか。

・おわりに

「2DK、Gペン、目覚まし時計。」「ハロー、メランコリック!」で百合姫購読者にはお馴染みの、いや、百合界の重鎮とも言うべき大沢やよい先生の作品ということで、流石のレベルの高さを感じる一作であった。描き込みの量も豊富で、ページ当たりの情報量が多く、二人のセリフ回しも自然であった。

 あえて1つ首を傾げた点をあげるとすれば、スピカが自分の名前を隠す部分は無理がある気がしないでもないが、まぁそこはご愛嬌ということなのだろう。

 そんな駄文を書いているうちに、もう4月も半ば。もうすぐ6月号が発売される。別段誰が見ているという訳でもないのだが、次はもう少し早めに書かなくては…と、自分に言い聞かせる。ダラダラと書いてしまうと、どうしても文章に繋がりが無くなったり、自分でも何書いてるのか分からなくなったりするので…。しかしてウマ娘は止められそうにないのだが。


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