百合姫読切感想・考察集⑤「ほんの雨宿り」
2021年早くも1月が終わり、春の訪れも徐々に近づいてきましたね。そんな中、コミック百合姫3月号では読切作品が4本も掲載されるなど、まさに一足先に春がやってきたような大ボリューム。特に「雨宿り」というシチュエーションの読切が2作品あったのは、意図してのことなのでしょうか?今回は、その「雨宿り」作品の一つ、「ほんの雨宿り」の感想をのんびり書いていきたいと思います。
作者はもずくず。もずくず先生といえば、2020年11月号で美術講師と高校生の百合を描いた読切の良作「明るすぎる窓辺」を掲載しており、今回はそれからわずか2~3か月で新作を掲載したことになりますね。前作は構図の取り方や展開の上手さ、描き込みで魅せてくれた(と個人的には思っている)のですが、今回はまた別の上手さが出ている作品になっているのではないかな、と思います。
あらすじ:ある梅雨の日。バイト終わりのフリーター「永守 未果子」の元に、「結梨」がやってくる。久しぶりに会いに来てくれた結梨に内心喜ぶ未果子であったが…。
・まるでメディアミックス
「まるでミュージックビデオを観ているみたい」と、読了して先ず私は思いました。起承転結に忠実で、明確に顔のある登場人物は未果子と結梨の二人だけで百合の形を理解しやすい。全20ページとそこまでボリュームはないものの、逆に言えば展開が速くて読みやすい。
その一方で、時折来る未果子のモノローグが本作に独特の雰囲気を与えているように思えます。丸いフキダシ、四角いフキダシ、フキダシ無し…、様々な形で綴られるモノローグは、どこか詩的で印象的な言葉が多いように感じました。
特に、結梨がビニール傘を置いて行った後の『ちっぽけな傘にそんな願いをこめて…』なんかは、傘の柄を掴む未果子の絵も相まって、どことなく哀愁すら感じさせる印象的なコマでした。このシーンは『大きくて普段使いはし辛いけど』という言葉との、一種の撞着技法も自然に組み込まれていて、未果子の想いを際立たせている点も上手さを感じました。後半の『可愛い傘 買ったのかな それとも…』というシーンも、これまた二人の明暗をくっきりと分けたコマの中に、未果子が感じたある種の諦観をはっきりと映し出しているようで、その暗い心情が読み手の私にも重くのしかかってきたようでした。
そういった点を含めて、未果子のセリフ回しが全体を通して詩的であり、それとコマ割りや表情が非常にマッチしていて、臨場感がかなり出ていると思いました。それはまるでミュージックビデオ、いや、映画のダイジェストかはたまた小説のワンシーンか。私は確実に漫画という一つの媒体のみで本作を観ていることは間違いないのに、気分はメディアミックス作品を同時に鑑賞しているような、短編ながらもそれだけ奥行きの深い作品に仕上がっていると思います。何言ってんだ俺。
・未果子の「弱さ」と「強さ」
本作の主人公、未果子のキャラクターもまた、魅力的なものに仕上がっていると思います。恐らく20代前半辺りで、現状フリーター生活で、そして結梨のことを好きで…。その辺りはこの20ページからでもよく伝わっていることと思います。彼女の生活は『バイト先と家の往復』に終始し、バイトが終わったら『家帰って寝るだけ』という単調なもので、余り買い物もせず、かなり無気力な生活を送っているように見えます。
そして彼女は結梨に対して殆ど受け身の状態でいます。作中のセリフから、結梨が未果子の所に行くのは不定期で、未果子は結梨のことを何も知りません。恐らく連絡先なども交換していないし、贈り物をし合ったこともないでしょう。一晩を過ごした後のシーン、未果子が自分の服を結梨に貸そうとするあたりも、ただの親切心だけでなく、結梨をどんな形でも繋ぎ止めておきたい、そんな感情もあったのではないでしょうか。
普通であれば、素性もよく分からない人に対して多少の不信感も抱きそうではありますが、そこは惚れた弱みとも言うのでしょうか。「結梨のことを何も知らない」ということはよく分かっているはずなのに、結局は結梨に縋る方を選んでしまう。
しかし、ラストで結梨が男性と逢っているシーンの未果子は、極めて冷静な態度を取っているように見えます。それはやはり、こうなることを未果子は元々予期していたからだと思います。作中を通して、未果子は常に客観的な目線で物事を見ているように感じます。突然来た結梨に対して『人恋しかっただけ』と看破したり、求人雑誌を読んでいることからフリーター生活の現状を変えたいと思っていることは確かだし、結梨のことを知らない自分にもある種の疑問を抱いている。結梨にとって、自分は所詮遊びなのではないか。そう思ったことも何度もあると思います。しかし結梨から突然渡された「ビニール傘」のせいで、そういった疑問が一度隠れた。そして作中にもよく描かれている通りの「幻想」を抱いた。もう一度結梨が会いに来ることが「願い」だなんて、まるで諦めの混じったようなものですからね。
とにかく、ラストで自分がただの遊びとして見られていたことが分かった未果子。そこで喧嘩したり、結梨を糾弾したり、ヒステリーになってもおかしくないのに、未果子は冷静に、笑顔でビニール傘を結梨に返します。私はこのシーンは、未果子が結梨に向けた精一杯の抵抗なのではないかと思いました。というのも、まず作中で未果子が明確な笑顔を見せるシーンはここしかありません。最後の別れのシーンで(読み手が観測できる範囲で)初めて笑顔を見せながら、因縁とも言うべきビニール傘を返す。彼氏のいる手前、結梨はビニール傘を受け取るしかありません。このビニール傘自体を後で捨てようが残そうが、結梨はこれから先、ビニール傘を見るたびに未果子のことを思い起こさずにはいられないでしょう。結梨の表情から分かる通り、結梨は未果子にうしろめたさを持っているのですから、そこに笑顔で返されては、ある種の罪悪感を感じずにはいられないと思いますし、未果子もまたそれを分かってこのような行動を取ったのではないでしょうか。
もっとも、元から自分が遊びで付き合われていたことを察していて、「やっぱりそうだったか」という諦めの感情から取った行動の可能性もありますし、傘を返したのだって恋愛を清算する意味などもあるのかもしれません。その辺り、実際の正解があるのかは分かりませんが、読み手の解釈次第なのではないでしょうか。結局自分でもよく分からんかった。
・「猫」のような結梨の描き方
次に結梨の描き方を見ていきます。
結梨は前半と後半で大きく印象が変わるキャラクターですが、前半はキャラクターデザインやセリフなど、とことん「ミステリアス」さを出すように意識している気がします。例えば出だしの、酒瓶ケースに座って未果子を待つ絵も、体の一部を傘で隠すようなポーズ、雨の中いつから待っていたとも知れない状況、その後の未果子の『いつも急』『最近見かけないと思ったらふらっと来る』といったセリフで、既にミステリアスゲージがビンビンです。そして自然に指を絡ませてきたり、『まーまー』『ん-』といった伸ばす音を多用したセリフ、クセのある髪に無邪気で快活な印象を受ける笑いは、ミステリアスさの他に奔放さを想起させ、彼女がまるで「猫」の化身であるかのような印象を受けました。この時点だと、結梨のことを気まぐれで奔放な女性、というイメージに思わせる作りになっていると思います。未果子は『朝と夜で結梨の雰囲気は全く違う』と感じていましたが、そのどちらでもない、第三の(それが本当の結梨と言っていいかは分かりませんが)結梨を最後まで未果子は感じ取ることが出来なかったのですから、この点結梨は上手く立ち回っていたということでしょう。
・計算されたビニール傘
結梨が未果子の家に置いて行ったビニール傘が、本作の重要なアイテムになっていますが、何故これまで未果子に対して何も残していなかったのに、いきなりビニール傘を置いて行ったのでしょうか。個人的には、このビニール傘は緻密な計算の上に置かれたものだと思います。
結梨がこの時点で、ラストに出てくる男と付き合っていたのであれば、ビニール傘を置いていく理由がありません。いつものように「何も残さないまま」未果子の元から去ればいいだけです。仮に本作が始まる前から結梨は男と付き合っていて、例えば喧嘩の度に未果子の所に来ていたとしても、やはりこの時だけ残していく理由はないと思います。
すると、この時点では、結梨とラストの男は付き合う前(恐らく付き合う直前くらい)であると考えられます。それにも関わらず、先述の通り未果子は結梨に対して『人恋しかっただけでしょ』とか、服を貸そうとするなど、訝しんでいるような、はたまた繋ぎ止めておくような発言をしてきます。この辺りの未果子のセリフは、『もっと色々教えてくれたらいいのに』という想いが出ているかのように、三点リーダー多めの語尾が弱いものになっています。それを察した結梨が、逆にビニール傘を置いていくことで、未果子を繋ぎ止めつつ、かつ、いつでも未果子の事を捨てることが出来る形を作ったのではないでしょうか。未果子が貸そうとした服と違って、ビニール傘であれば別段返してもらう必要もなさそうですし、『置いてってもいい?』という「あげる」とも「貸す」とも取れる曖昧な表現を用いることで、未果子がより好意的な解釈を取れるようにしつつ、ラストに出てくる男性と、未果子と、両名をキープした、計算高い一手だと思います。
・ほんの雨宿りだった恋
雨宿りというのは、所詮雨が上がるまでの、いつかは終わる時間のことです。雨が上がり、空が晴れた時、いつまでもどこかの軒下にいる理由はありません。結梨からしてみれば、未果子は居心地のいい、人恋しさを埋めてくれる場所、けれども「ほんの雨宿り」の場所そのものだったのでしょう。都合がいいといえばそれまでですが、いつまで続くか分からない雨の中、いつでも自分を助けてくれる雨宿りの場所が欲しいと思うのはある意味自然のことなのかもしれません。雨宿りの場所がそのまま安住の地になることもありますし、ならないこともあります。今回はそれが後者だっただけ、といえば未果子に対して酷というものでしょうか。
ラストシーンで未果子は、かわいい傘を一本買います。直前で「ビニール傘」という言葉を使っているのに、最後のコマでは「透明な傘」と言っているのは、ビニール傘という言葉を思い起こせば涙を流してしまうからでしょうか。まぁ透明な傘ってビニール傘以外にもあるので、そうじゃないかもしれませんが。結梨と別れた後すぐに買った、久しぶりの買い物の傘は、未果子にとって否応なしに印象深いものになるでしょう。それでも、態々このタイミングで買ったのは、ただ雨を回避するだけではなく、もっと前向きな、未果子の決心のようなものがあると思います。一人用の小さい傘。サイズこそちっぽけかもしれませんが、停滞した自身を再び世界へと戻す鍵として、結梨のことを乗り越えるためのアイテムとして、未果子にとって大きな意味を持つ「傘」になっていると思います。
・終わりに
本作を読んで、なんとなく「バチェラーガール」という歌を思い出しました。どことなく歌詞が本作にマッチしているような気がします。もしよかったら調べてみてください。ちなみに私は稲垣潤一の方ではなく大瀧詠一バージョンの方が好きです。
今回もダラダラと書いて来ましたが、もずくず先生は本当に表現力・構成力が高く、本作も何度読んでも新しい発見や感想が生まれるような、そんな素晴らしい作品になっていると思います。『透明の傘にしなくてよかった…』というモノローグと傘越しの未果子の背中で終わるラストは、いい意味で曖昧というか、「あっ、これで終わりなんだ」とほろ苦さ・虚無感を与えてくれるような感があると感じましたが、何度も読んでいくと、この感想文の通り、寧ろ未果子にとって前向きな終わり方になっているのではないかと、重層的な作り込みがされている作品だなと思いました。もずくず先生の作品はもっと読みたいです。
それでは、今回も誤字脱字や意味不明な部分等あるとは思いますが、平にご容赦をば。次回も素晴らしい作品に出会えることを願って。