浮遊する変拍子メトロノーム,色と構図の楽譜で奏でる絵画 #ピーター・ドイグ
パブロ・ピカソの『ゲルニカ』のように強く訴えかけてくる絵画と、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の空想に漂うように語りかけてくる絵画があるとすれば、ピーター・ドイグ氏の絵画は、後者の空想に漂う感じなのだろう。
ドイグ氏の絵を初めて目にした画像写真(artoday - chiakiさま)は、新鮮なのにどこか懐かしさ芳(かおる)そんな不思議な絵だった。おとぎの国の様なそんな絵画に私はひと目で恋に落ちた。絶対に展覧会に行こう!そう決めていた。しかし予定していた矢先コロナで閉館を余儀なくされ、もしやこのまま図録だけで終わってしまうのではないかと半分諦めていた。
そんな私に、神様は微笑んだ。
私は新幹線に乗り、東京国立近代美術館へ向かった。(2020/10/11展覧会終了)
鑑賞し堪能する。まるで『不思議の国のアリス』のような、メルヘン(空想的,神秘的)の中に哲学が潜んでいることがわかった。そこは[過去 , 現在 , 未来]ではないパラレルワールドが確かに存在した。時間の流れは、今まで体感したことがない浮遊する感覚に近い流れだ。
哲学の糸口を探ろうとする。すると探し当てようとすればする程、その心地良さに呑まれてしまう。やっと掴んだ糸口さえも逃してしまうほど美しい揺らぎに引き込まれる。
何なんだ!この感覚。衝撃的だった。
私が絵画に強く魅かれるようになったのはここ最近のことで、それまでは、足を運んでも軽い気持ちで鑑賞していた。だからなのか初めての感覚はとても強烈に印象付けた。
10月の上旬の展覧会終了間際に鑑賞してから、この迷宮を彷徨っている。このまま出口など見つからない世界の住人で居たい。
私にとってはそれ位不思議な絵画である。
どうしてそこまで惹きつけられるのか?
彼のその魔法を、主観的ではありますが紐解いてゆければと思う。
■ ピーター・ドイグの魔法
[1]バランス効果
[1−1]主モチーフと全体色
映画のカット、写真、はたまたポストカード、気になる部分をアレンジ、自分の世界に仕上げてしまう天才。色と構図配分バランス効果を探求。とことん美を探求された魔術師。だと感じました。
〔 # 01 〕
〔 # 02 〕映画「13日の金曜日」より
〔 # 03 〕
ドイグさんの手に掛かれば、影の雪もライトグリーンになってしまう。凡人の私には思いつかないカラーチョイス。
[1−2]バランスモチーフ
間延び部分に架空のものを追加。白い胸毛?( # 04★)、月が2つ?(# 05 )、赤い点 (# 05拡大図)。どれも不必要に思えますが、有ると無いとでは大違いです。試しに人差し指で隠して見てみてください。
〔 # 04 〕★
〔 # 05 〕
〔 # 05 〕 拡大図
[1−3]対象に配色
殆どの作品は、同色を対象となるように置いています。
しかし、この作品は「ホワイト X シルバー」にしてあります。人の服がホワイトに対して空にシルバーを用いています。空から光を感じますね。
〔 # 06 〕
[2]アクセント色
その絵を引き締める効果として、ビビット色の点をちょこっと置いてみたり、(# 05拡大図)、ラケットの赤(# 04★)、モチーフの輪郭をなぞったりしています。
〔 # 07 〕★
ドイグさんのヴィヴィットなオレンジ好きです。
[3]構図割の挑戦
初期作品は、ヨコジマ構図が多めだと感じました。それからタテジマ、複合、もっとダイナミックな構図に変化していきます。
〔 # 08 〕
〔 # 09 〕
[4]技法の挑戦
初期作品は、ゴッホみたいに絵具をべったりと厚塗りな作品が多いのに対して、後になるとオイルたっぷりの薄塗りになってゆきます。ここちらは、人が山を写生されてるのかな?写真からは伺い知ることは出来ないのですが、服の白い部分だけ絵具が厚塗りされてました。
〔 # 10 〕
[5]” 作品に溶け込む額 ” と " 透明な額 "
〔 # 11 〕
殆どの作品には額はありませんでした。あったとしてもシンプルな額縁、若くは、上の写真のように ”木の板” で ”四方を囲む額” が大概を占めていました。大変失礼な言い方かも知れませんが、この素朴な木片の方がより一層、作品を引き立てているように思います。そしてその周りには見えない額が存在しているような気がします。
帰宅してから気付いたのですが、この作品に於いては、額にまで色を施しています。下方の木にカンバス上部に用いた色を入れいています。(湖の辺りの草の茶と、下の板の赤茶)これもバランスを取るためであると考えました。全体を眺めてもう一度作品の調和を確かめて、足りないモノを足す。その行為は額にまで及んでいるのかも知れません。
■ 振り子の揺らぎ幅の合計が = 均等な着地点へと導く。
実際美術館へ足を運び、彼の作品を初めて見た第一印象は、どの作品にも『揺らぎ』を感じました。
メッセージ性よりも、左右に揺れ動く振り子みたいな揺らぎ。左右の振り幅が対象じゃないメトロノームのような・・・振りが終わる頃には左右の幅の差異が0(ゼロ)となる均等さを感じる、そんな不思議な絵画です。
〔 # 02、11 〕は、映画『13日の金曜日』からワンカットをモチーフに描かれているそうです。静寂の湖にひっそり浮かぶカヌーの縁に項垂れもたれる女性。生きているのか死んでいるのか伺い知ることができません。ホラーなのにそれでいて美しい色合いと構図。"怖さ"と"色美"の調和がなんとも言えない作品を醸し出しています。
相反するものの調和の揺らぎ。
かの有名な黒澤明監督は、チャンバラシーンにコミカルな音楽をのせました。あの不安定な揺らぎの感覚にどことなく同じ匂いがします。
■ 美術鑑賞について、今回感じたこと。
芸術を鑑賞しその作品の深いところまで探るとき、故人である場合は、その方を偲び信条を汲み取みとるため深淵を覗きます。しかし、現在進行形で作品を生み出している方を語る上では、"ほどほどに" が丁度よいのではないか?と感じました。
私は探究心旺盛のため、ついつい答えを導こうとしてしまいます。
学術以外の合間なモノは、不透明が程良いのかも知れませんね。
答えを求め過ぎるのは野暮なことで、答えを見つけてしまったことで、人生を味気なくさせているのではないのかと。
『だた、心で感じる。』それだけでいい。それがいいのかも知れません。
人間っていつまでも追いかけていたい生き物ですものね。
■ 唯一、『哲学』を感じ取れた作品
〔 写真 ー # 12 〕
僕は、百獣の王に変身して獣舎に入るよ。強くならないと居られないからね。本当はありのままの自分になってもっと自由に旅をしたいんだ。灯台は僕の希望なのさ。灯台を見ては、いつも遠くの地に思いを馳せるよ。
また展覧会でお逢いしたいです。
新しい作品のなかの、新しい彼に逢えることを、楽しみにしています。
写真★は、美術手帖さまより引用させて戴きました。その他自撮り写真。
#2020年秋の美術・芸術 #ピーター・ドイグ #東京国立近代美術館