ボイスドラマシナリオ『ある日のふたり』
《 登場人物 》
男
女
◯ 男の部屋 (夜)
ふたりで宅飲みをしている
男 おまえぜんぜん飲まないね。ジュースばっか。
女 知ってるでしょ? あんまり強くないからさ。
酔わなくても楽しいよ。
男 昔はしょっちゅう酔っぱらって俺のベッド勝手に使ってたくせに。
女 今はそんなことしないじゃん。
何、床で寝させたの根に持ってたの?
男 そんなんじゃないけど……そろそろ大人の飲み方覚えりゃいいのに。
どこ行ってもジュースとお茶だけって、つまんないだろ。
女 別にー。飲めない者に優しい世の中になってきて、ありがたいわよ。
男 いや、そうじゃなくてさ……
女 そんなことより、この間の子はどうしたの。
男 え?
女 『先輩、好きです! 付き合ってください!』って、ランチタイムのあんたに公開告白した子。
男 ……何おまえ、見てたの。
女 誰もが見てたでしょうよ。
食堂なんか、会社で一番人が集まる場所よ。
いやー勇気あるよね。可愛かったし。
やっぱオッケーした?
男 しないよ。
女 え。
男 振ったよ、後でこっそりと。
衆人環視の中じゃ気まずいからさ。
女 振ったんだ……
男 だって、ちょっと話したことあるなー程度の子だぞ。
好きとかないよ。
女 可愛かったのに?
男 可愛かったけどな。それとこれとは別じゃない?
女 へええー意外と硬派なんですなぁー。
男 ……馬鹿にしてんの?
女 してないしてない!
むしろ、そゆとこ好感持てる。
男 そりゃ……どうも。
間
男 おまえはすぐ付き合っちゃうよな。
告白されたらホイホイさ。
女 はあー!? そんなことないわ!
私だって相手は選びますー!
男 選んでるわりには、ずっと彼氏いるじゃん。
女 え、いないよ今は。
男 いないの!? おまえなのに!?
女 私のこと何だと思ってるわけ。
男 まさか、あれは彼氏じゃなくセフ……
女 ちゃんと彼氏です! でした、全員!
男 ほーん。
女 ……え、謝って? 一瞬遊び人呼ばわりしたこと謝って?
男 めんど。ごめんごめん。
女 そゆとこ嫌い!
男 とか言って、毎回俺ん家で普通にふたりっきりなの何なの?
女 何だろうねえー。
勝手知ったる何とやら。気の置けない何とやらよ。
最高の飲み友達。
男 いや飲まないじゃん、酒。
女 今はねー。
男 俺相手ならいいんじゃないの。
勝手知ったる何とやらで、気の置けない何とやらなんでしょ。
ゲロ吐かせてやったこともあるんだから。
女 うわあ……その節はご迷惑をおかけしましたね……
しかし、もうそんなだらしない女じゃありませんの。
どこからどう見ても崩れ知らずのいい女です。
男 はいはい、いい女ね……恋愛コラム読みすぎ。
女 うるさいなあ!
男 ちょっとくらい崩れた方が可愛げあるよ、多分。
女 え?
男 男の貴重な生の意見。
女 そうなの?
男 隙がないのって近寄りがたい。
女 ああー、それコラムに書いてあったぁ。
男 おまえさ、そういうの卒業すれば?
山ほど恋愛経験あるくせに、恋愛コラムなんか役に立つの?
女 立つかもしれないじゃん。
いくら経験しても、分かんないことだらけなんだから。
男 へー、そういうもの?
いい恋愛できてなかったんじゃない?
女 ……そうかもね。
間
女 何飲んでるの?
男 ん? ウイスキー。
女 おいしいの?
男 あれ、飲んだことない?
女 若かりし頃はもっぱら安酒だったもんで。
男 はは、俺も。
うまいよ。結構コスパいいことに気付いてからは、よく飲んでる。
女 でも強いお酒なんでしょ。
男 うん。
まあ、ストレートとかロックはぐびぐび飲むもんじゃないから、そんな酔わないよ。
女 ふーん。
男 ……飲んでみる?
女 え、いいの?
でもこういうのって辛かったりするかなぁ。
男 ほんの少しなら大丈夫でしょ。舐める程度。
合わなきゃやめればいいよ。
女 うーん、そうだね。ほんの少しならいっか。
待ってよー、グラス空けちゃうから。
男 いや、同じグラスじゃ味が変わる。
女 そう? じゃあ新しいの……んっ。
キス
ウイスキーが口移される
女 ……え?
男 飲めたな。
女 え? ……え? 今の何?
男 ためらわずに飲めたでしょ。
女 えっ……と……
男 何。
女 え、あんたって……こういうことするんだ……
男 …………
女 何で……?
男 何でって。
女 どうしよ、びっくり……えっ、どうしたらいい……?
男 …………ごめん……今の忘れて。
女 はっ?
男 忘れてください。
女 はあ? んっ、どゆこと?
忘れる? えっどうやって?
男 どうにかして……
女 待って待って、どうして?
お薬飲めない子供にする感覚?
は? 子供に口移しする?
いやするか、おばあちゃん口で柔らかくした野菜とか赤ちゃんにあげてたな……はっ、私、赤ちゃん!?
男 おまえが待てよ。落ち着けよ。
女 だって!
男 どう取ってもらっても構わないけど、嫌だったならごめん。
何でもないから本当に忘れて。
女 んー……
男 何。
女 やー、それがですね…………嫌……じゃ、なかったです。
男 え。
女 だって、好きなので。あんたのこと。
男 え?
女 キスしたって、そういうこと? そう思っていい?
あの、どうしよ、何か気持ちが……盛り上がってきちゃって。
男 いやいや、待て待て。
女 待ったよ。私めちゃめちゃ待ったよ。
何年待ったと思ってんの。
この気持ちを紛らわすのに何人と付き合ったと思ってんの。
全員ダメだった! だーれにもドキドキしなかった!
そりゃそうだ、あんたじゃないんだもん。
男 ちょ。
女 それでキスなんかされたら、爆発しちゃうわ。
もう待てないくらい待ったのよ私。
だからね、だから……
男 落ち着けったら……ちょっと離れて……
女 何ですって?
男 今どきそんな、古いよ。
女 ……好きな人に好きって伝えるのに、古いとか新しいとかあるの?
男 え……いや、だって、何でもないって言ってんのに……そんな迫ってきて……
色仕掛けっつーの……あざとくない? 流行んないよ。
女 おっ……待て待て待て……先に手ぇ出したのどっちだコラ。
男 …………
女 今さっき人様の唇を奪っといて、気まずくなったら『ごめ、今の忘れて』とかぬかした卑怯者は誰だったコラ。
男 ……俺です。
女 俺ですねえ、俺ですよねえ。
ふーん、分かった。じゃあまあ、今のも忘れてよ。
酔った勢い。ちょっとした過ちだから。
男 飲んでないじゃんおまえ。
女 したよね! 口移ししたよね! つまり飲んだよね!
それで何かおかしくなっちゃったの、きっとそう。
男 俺のことずっと好きだったって言ったじゃんさっき。
女 ぜーんぶ酔ったせい!
キスされて舞い上がって、勘違いしちゃったんだわ。
ずっと好きだった? はぁそうだっけ? いやぁ、勘違い勘違い。
男 ええー。
女 ええーって何よ……えっ好きでいてほしかったの?
男 ……まあ、どうせならその方がよくない?
女 最低……引くわ……
男 おまえだって可愛くないんじゃない。
ここはもっと食い下がって、『やだやだ! そんなこと言わないで! あざとくってもあんたの気を引きたかったの! 好き!』とか言えないかなぁ。
女 もう言えないわ。十分すぎるくらい言ったの聞いてなかったの?
そっちこそずるいじゃん。
無言でキスだけして、私の反応次第で出方変えようとしたでしょ。
男 男は照れ屋なの!
女 女も照れ屋だけどあんたがハッキリしないから勇気出したの!
っていうか、私が言わなかったら『別におまえなんか好きじゃないし』ルートにチェンジするつもりだったよね。
ああーーそんな人と付き合っても先が思いやられるわあーー。
私何でもかんでも都合よく察してあげられないわあーー。
男 本気だからこそ臆病になる男の繊細なハートをそんなディスる?
女 完全に! おあいこですよね!
……えっ、えっ本気? 本気で本気? 私のこと本気で本気なの?
男 ……だからキスしたんでしょ……俺だって、どうにかきっかけ掴もうって必死だったの。
女 急に素直……だったらあざといなんて突き放さないでよ。
男 好きな子には恥じらってほしいじゃん。
女 ごめんね恥じらいがなくて……
男 本当にな。
女 おっ……まっ…………へえぇ~~分かりました!
そんなに言うなら、やり直そうよ!
何かいい感じに? 恥じらって? ドキドキの告白シーンを?
やり直せばいいじゃない!
男 えっ。
女 はい、ウイスキー口移しするところからね。
男 ムードもクソもない……
女 はーいアクション!
……え、それ何飲んでるのぉ?
男 …………
女 何、飲んで、いるのっ?
男 ウ……ウイスキー……
女 へえー! すっごく強いお酒でしょ。
そんなの飲めるなんてぇ、オットナー。
男 まあね…………いやストップこれはキツい……
女 どんな味なの?
男 なあ本当に……
女 どんな、味、なのっ?
男 …………飲んで……みる……?
女 いいのー!? 飲んでみたぁーい!
あっでも大丈夫かなぁ、こういうお酒ってぇ、辛かったりしないかなぁ。
男 ……どうかな。
女 お子ちゃま舌だけど、でもまあ、ちょっとだけなら平気かなぁ、舐める程度ならー。
男 うん……
間
女の急かすような咳払い
男 うん、あのさ。やっぱこういうの変だろ。
両想いなのは分かったんだから、もう……
女 して。最初が肝心なの。
男 いや、そんな初々しい仲でもないんだしさ。
女 だって好きな子には恥じらってほしいんでしょ。
男 まあそうだけど、強要したいわけじゃないよ。
ただの理想だし。なくたって実際好きなんだし。
っていうか、やり直しのおまえにも恥じらいなんかあった?
女 ここから巻き返すの!
……あんたとのファーストキスがあんなのじゃ、やなの。
男 え。
女 私だって……好きな人に……可愛いって思われたい……
間
今度は男の咳払い
男 じゃあまあ、そういうことなら……見せてよ、可愛いとこ。
女 え、お酒は……
男 いらないでしょ。
キス
男 ど?
女 ……もう一回。
男 ん?
女 もう一回! もう一回!
男 コールすんなよ! そういうとこだぞおまえ!
今こそ恥じらうチャンスだろ!
女 だって嬉しかったんだもん。
これって恋人同士のキスでしょ。
男 そうですよ。
女 もう一回! もう一回!
男 分かったよ! やめてそれ!
女 ……可愛くなかった……?
男 かっ……わいかった……!
女 可愛かった!
男 あーもー何なのおまえ!
女 いやあ、可愛いってのはひとりでどうにかするものじゃないね。
好きな相手がいないとね。
今後ともよろしく頼みますよ、彼氏くん。
男 何で上から目線なわけ。
まあいいや、こちらこそよろしく頼みますよ。
で、まずは何? もう一回キスしたいんだろ?
いいよー、静かになって一石二鳥。
女 ……それってあの『キスして黙らせる』ってやつ?
もしかして、憧れの王道シーンが最もムカつく形で実現しようとしてる?
やだー! あんたも可愛くなる訓練したらー!?
男 はいはいはいはい、男は可愛いよりかっこいいって言われたいんですー。
おまえこそ、可愛いのは一瞬だったの?
女 ぐっ。
男 そうそう。
しぬほど可愛くしてあげるから、ちょっと大人しくしてて。
女 はっず……そんな台詞どこで覚えた……
えっ好きな子には臆病になっちゃうんじゃなかったの。
男 彼女になったら話は変わるでしょ。
女 あーーあんたそういうタイプーー!?
男、笑う
女 信じらんない! 騙された! 卑怯者!
男 はいはい、卑怯者卑怯者。
女 ちょっ、待て狼!
誰かあーーこの人、狼ですうーー!!
男 あーもー可愛い可愛い。
女 ねえー! 可愛いって言えばいいと思ってない!?
男 思ってないよ。
今日イチ可愛いから安心しな。
女 できるかー!!
男、ずっと笑っている
おわり